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悪魔の懸念




 一ヶ月も経たない内に、王都に向かった。

 イウリアの知らないところで持っていく衣類などは用意はされていたようで、イウリアが準備することといえば、社交界のマナーなどの復習であった。


 何はともあれ、イウリアにとっては初めての王都どころか、初の領地外の世界だ。


「人がたくさん!」


 イウリアは目をきらきらさせて、馬車から外を覗いていた。

 静かな領地と比べると、人が多くて、賑やかで、活気がある。それが王都という場所だった。


「お父さま、あの中にお出かけできる?」

「そうだな……。時間を見つけて、一緒に行こう」


 きらきらとした目で見ていたら、父は約束してくれた。

 ちなみに、母は万が一のときのための迅速な対処のため、自らが契約する悪魔と共に領地に残っている。


 王都の屋敷に着くと、イウリアが初めて会った使用人たちが出迎えてくれた。


「お帰りなさいませ。旦那様、お嬢様」


 王都の屋敷は、領地の邸よりもこじんまりとしていた。

 大きさだけでなく、内装も領地の邸とは異なって、一応自分の家のはずなのにイウリアはきょろきょろしてしまう。


「イウリアの部屋はこっちだよ」


 来たことのなかった屋敷に自分の部屋があることがどことなく不思議で、部屋もやっぱり趣が異なっていた。



 その日は屋敷の中を見て回ったりして過ごし……、とうとう『その日』はやって来た。


「お父さま、格好いいわ」

「そうか?」


 父は、今まで見てきた中でも雰囲気の異なる服を来ていた。これが、王城へ行くときの正装なのだという。


「イウリアはいつも可愛いが、今日は特別可愛い……ああ、娘が可愛すぎて心配だ……」


 ドレスに着替えたイウリアを見て、父が口元を押さえて呟き、その隣にいるアゼルもじぃっとイウリアを見る。


「ご主人サマ、イウリアはこのまま行かせない方がいいんじゃないか?」

「──どうしてよ」


 最近突拍子もないことを言い出すアゼルがまた耳を疑うことを言って、イウリアはびっくりだ。

 アゼルは真顔で、「何だか、今日のイウリアを多くの目に触れさせたくない」とか言う。


「旦那様、もうそろそろ向かわれなくてはお時間が」

「……分かった」


 イウリアの部屋から中々出ていかないでいると、執事が促しの言葉をかけ、父が顔を上げた。

 その父に、悪魔が声をかける。


「ご主人サマ」

「何だ」

「俺も今日、イウリアの側にいたい」

「……何を言い出すのかと思えば。悪魔は人間の社交界などに興味はないだろう」

「そうとも。単にイウリアの側にいたい気分なんだ」


 イウリアの。

 父は一瞬イウリアに視線を向け、悪魔に目を戻し、息を吐いた。


「却下だ。絶対に出てくるな」


 父が命令だと要望をばっさりと切ると、悪魔は渋々といった調子で「承知した」と頷いた。そのままふっと姿が消える。


「最近、変だな……。いや、元々……気のせいか」


 父の微かな呟きは、イウリアの耳にも届いた。

 最近、という言葉でイウリアが思い出したのは、ダンスの相手を「嫌だ」と突っぱねられたあのときだった。

 イウリアの社交界デビューが決まってから、さっきだって、思いもよらなかったことを言うことがぽつりぽつり。

 けれど、そんな違和感は、違和感未満の微かな微かなもので、


「イウリア、父から離れないように」


 差し出された父の手に、手を重ねた。

 ああ、少し、緊張する。




 遠目では見ていた城は、近くで見ると予想以上に大きく、見事なものだった。

 イウリアの社交界デビューは、城のパーティーでとなった。

 会場は眩いほどに明るく、いる人々全てが華やかで、ため息が出た。

 イウリアは、父の紹介で次々と色々な人に会い、紹介され、挨拶していく。父はきりっとした顔をしていて、話し方も声も普段とは異なるものに聞こえた。

 会う人はもちろんいずれも貴族で、その中でも悪魔契約者だという人とも会う。


「素質の確認も今回?」

「ああ、いえ、今回は単なる社交界デビューです。気が早い」

「そうでしたか。しかしいずれ考えることでしょう。決まりではありませんが、悪魔契約者の子どもは代々悪魔契約者になる傾向です。何より、クレイニー卿の家は代々そうでは?」

「ええ」


 イウリアの家、特に父方の家は代々悪魔契約者を輩出してきた家である。

 そもそも悪魔召喚は、魔法使いの国に対抗するための手段だ。

 召喚陣を描き、悪魔を呼び出し、召喚者の魂をもって取引する。取引の内容には左右されるようだが、大抵魂は召喚者が死ぬと共に悪魔が持っていくらしい。

 だから、父もまた魂をもってアゼルと契約しており、アゼルは力を貸している。


 なぜ彼らが力を貸してくれるのかと言うと、それは悪魔それぞれらしい。

 ただ、「魔法」が使える魔法使いが気にくわないらしく、悪魔は魔法使いとは契約しない。

 魂も、悪魔の欲をそそらない質に変化しているとか何とか。とにかく気に入らないということだろう。

 そうでなければ、魔法使いがさらに悪魔と契約していればこの国はたまったものではない。


 ところで、この悪魔召喚は誰にでも許されているわけではないようだった。

 他国に流出するリスクを考え、召喚陣は国が管理し、素質の有無も関係するようで、限られた者にのみ許されている状態。

 そういった悪魔契約者は、王の信頼を寄せられ、国で高い地位にある。


「イウリア、そろそろ挨拶に行こう」


 イウリアが慎ましい微笑みを浮かべ、会話を聞いていると、父が話を切り上げた。

 挨拶にとあえて言われ、示された先は奥にいらっしゃる陛下方。

 慣れてきつつあった緊張が戻ってくる中、父に導かれて行き、玉座に前には頭を垂れながら進み出る。

 頭を上げるように言われて、見えた陛下は、優しげな顔をしていた。


「それがそなたの娘か」

「はい、陛下。イウリアと申します」


 挨拶をと言われ、イウリアは挨拶を口にする。

 それから父が言葉を交わしている間も陛下とお妃さまの視線があまりに長く向けられているように感じて、イウリアは内心首を捻る。おかしなところでもあるだろうか。


「クレイニー伯爵、去年はどうも」


 これまでのように、話を振られない限りはイウリアは聞いているだけの会話に、陛下とは別の声が入ってきた。


「殿下。いえ、私はその場にいただけです」


 見ると、陛下とお妃さまの他にあった席──横の方からちょっと覗いた顔が。

 陛下と同じく銀色の髪をした、二十そこそこだろうかという年頃の青年。

 殿下、とはつまり二人いらっしゃるという王子さまのどちらかだろう。


「おや、そちらは夫人、ではないようだ……。ああ、伯爵が可愛がるあまり、領地から出したことのない一人娘かな?」

「……今年社交界に出たばかりでございます」

「こんばんは、クレイニー伯爵令嬢。私はシリル、第二王子だ」

「お初にお目にかかります。イウリア・クレイニーでございます」


 麗しい笑顔を向けられて、イウリアは彼にも挨拶をした。

 王族の方とは、全員麗しいのだろうか、とか、そんなことを考えながら。


「社交界デビューと言えば、そろそろダンスが始まるけれど、彼女の初ダンスは?」

「まだでございます」


 ふうん、と相づちを打った殿下はじっとイウリアを見て、微笑みを深めた。

 そして、椅子から立ち上がり、前に進み出てくる。


「ではレディ。一曲お相手してくださいませんか?」

「えっ」


 どこか芝居がかった調子で言われたことは、予想もしなかったこと。

 正確には、まさか殿下に言われてるとは思わなかったことで、声を出してしまっていた。

 けれど、殿下がこちらに手を差し出して微笑む姿は変わりなく、イウリアは父を確認した。

 理由は、まさかダンスの一人目が王子さまになるとは、というところから。なぜイウリアが誘われたのか理由はさておき、光栄なことだとは知っている。

 知っては、いるのだけど。


 父は少し間を置いて頷いた。前に目を戻すと、殿下の背後に映った陛下にもゆったりと頷かれた。


「喜んで」


 イウリアは、手を、殿下の手に重ねた。


 殿下はさすがと言うべきか、アゼルに負けないくらいダンスが上手で、足は踏まずに済んだ。

 それよりも、ダンスの間中、この場に足を踏み入れて最も多くの視線を感じて、そちらの方が気になったかもしれない。









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