「死因は不老長寿の霊薬でした」
伝説の霊薬はどのようにして作られるのでしょうか……そして、その薬の行方は?
「……お待たせいたしました。こちらが不老長寿の薬です。御約束通り、七日間でご用意いたしました」
皇帝の前に平伏す薬師は奉台に載せた丸薬を献上すると、静かに後ずさる。
「……おぉ!!待ちわびたぞ……これさえ有れば……我が帝国の千年の繁栄を見届けることも出来ようぞ!!……よし、約束の報酬じゃ、受け取るがよい」
しかし皇帝の言葉が終わるや否や、薬師の身体は衛士に掴まれ謁見の間から連れ去られていく。手筈通りならば即座に口封じで葬られるだろう。
その薬師が差し出した丸薬を側近から手渡されると、皇帝は呆気ない程の性急さで飲み下す。
……ごくん。
「……ふむ、これはどれだけの時を経れば効き目が……っ!?」
その瞬間、傍らに控えた皇帝が愛して止まない皇后が即座に白骨化し骸を晒し、逞しかった皇太子は白髪を垂らしながら老衰し息絶える。
慌てて周囲を見回すと衛士は次々に朽ち果て虫に集られ、豪奢な宮殿も見る間に崩れ落ち無惨な瓦礫と化していく。
皇帝はあまりの光景に茫然自失のまま、謁見の間をよろよろと進み眼下の城下町を眺めたが……そこは見渡す限りの廃墟が続くだけだった。
そんな筈はない、これは悪い幻視を見せられているのだ……そう自分に言い聞かせながら玉座に戻ろうと謁見の間に戻ると、自分が座っていた玉座に誰かが腰掛けているのを見つけ、
「こ、この無礼者っ!!それは朕の玉座であるぞ!」
皇帝は怒り狂い甲高い叫びをあげたものの、狼藉者は全く意に介さず不敵にほくそ笑み、
「……知っておりますよ?ただ、まだ御約束の報酬を受け取っておりませぬ故、こうして出向いて来たまでです……」
薬師はすらりとした脚を伸ばし頬杖をつき、形の良い整った顔立ちを歪ませながら狡猾そうに言い放つと、皇帝に向かって手を差し出す。
「さぁ、報酬の【帝国の半分】……今すぐ頂きましょうか?」
「ふ、ふざけるな!!このような……朕のみが生き残るような……そんな筈が……我が帝国の、千年の栄華が……」
狼狽える皇帝を諭すように、薬師は語り始める。
「陛下が石になったかのように動かなくなった後、病に伏した皇后様は半年で亡くなりました。精強な皇太子様は暫く執政に励みましたが……隣国との戦に敗れて討ち死に、そして数多の家臣も次第に力を失い、五十年を待たずに帝国は滅亡いたしました」
語り終えた薬師は、身に付けていた貫頭衣をその場に脱ぎ捨てる。するとその身に張り付くような薄絹の衣越しに、白く透けて見える肌には蠢く紋様が夥しく列び、その異様な風体に暫し言葉を失っていた皇帝だったが、
「……な、ならば何故……皇后も皇太子も、家臣も即座に朽ち果てて骸と化したのだ!?五十年が……それが、一瞬だったとでも言うつもりか!!」
怒りに我を失った皇帝が、足元に転がる家臣の帯剣を拾い上げると薬師の腰から腹へと突き刺し、溜飲を下げた……のだが、それも束の間。
「陛下……私は《不死》故にて、そのように物騒なことをいくらなさっても無駄ですよ?」
身に突き立った剣をガラン、と投げ捨て、つまらぬものを見る目付きで皇帝を眺めていたが、やれやれ……と呟いた後、
「まぁ、判り易くお教えいたしますが……その霊薬は飲んだ者の中の時間を停滞させる効力が御座います。その結果は御覧の通り。陛下の臣下も愛しい方々も等しく……亡びましたね」
「こ、この疫病神がっ!!も……元に戻せっ!!……そ、そうだ!霊薬とやらを他の者にも……」
「そんなこと無理に決まってるじゃありませんか……あの霊薬は文字通りの霊薬、つまり魂を集めて造る薬なんですよ?……この滅亡した都の何処にそんな当てが有ると?」
薬師は冷酷に言い放ち、玉座から立ち上がると皇帝の前まで歩み、力無く伏す彼の背中に向かって淡々と語り出す。
「……さて、そろそろ時間も押し迫ってきましたので、決断して頂けませんか?……そうですわね……もう国の半分は……あら?」
話の途中で、ざしゅ……と、肉を裂き骨を削る音により彼女の声は妨げられる。それは悲嘆した皇帝が自らの眼窩ごと脳核を刃で貫き、自害し果てた音だった。倒れながらも頭蓋で刃先が留められた剣で、上体を反らしたまま倒れたせいで首が真横を向き、開き切った片方の眼が薬師の姿を映し込み、それは死して尚、怨めしい薬師を憎むかにも見えた。
「……ふん、ご立派ね……流石は余興で女の手足を詰めるような戯れに長けた皇帝らしい、楽な死に方だわ」
転がる皇帝の骸を一瞥し、それっきり見向きもせずに歩き出す。彼女の手には皇帝が飲み干した筈の霊薬が収まっていて、それを掌で転がしながら、
「まぁ、これが手に入っただけでもヨシとしましょうか……まともに造り上げたら【穢れ】が物凄く溜まるからねぇ……」
独り呟くと、薄絹の衣の上に再び貫頭衣を纏い無人の皇宮を出て、廃墟を真っ直ぐ歩き出す。
そこかしこに見え隠れする何かの気配も無視し、彼女は鼻唄交じりで進み続け、一つの祠の前に到着する。古びたそこは詣でる者も絶え、苔むした飛び石を避けながら歩む程であるが、彼女は祠の前に立つと、おもむろに脚を振り上げて……、
「あ、よいしょっ!!……よしよし、まーだちゃんと残ってたわね!ひと安心♪」
蹴り倒すとその祠は呆気なく吹き飛び、真下に渦巻く光の坩堝が出現する。彼女は躊躇することなくそこに身を投じると、周囲に彼女の痕跡を示すような物は一切残されてはいなかった。
……あ、おかえりなさい!どちらに行かれてたんですか?
……ん?ちょっと霊薬を採りに行ってきただけ。私が居ない間に何かあった?
……そーですねぇ……王様が来たんで追い返しときました。あとワタシに彼氏が出来ましたッ!!
……ちょっとコッチ来なさい……アンタねぇ、私が居ない間に何やらかしてん?リア充か?リア充なんかぁ!?
「死因は不老長寿の霊薬でした」これにて終わり。
皇帝は霊薬は飲んではいません。ただの仮死状態を引き起こす贋薬でした。