5 ブルービートル
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北向きの部屋の窓から向かいの古びたコンクリートの壁に夕日が当たっていた。
北郷の研究室はさほど広くはないが、ありとあらゆる隙間に本や資料、コンピュータやホワイトボードが乱雑に置かれ、かろうじて部屋の主が座るスペースがあるだけだった。すでに研究室で妙子と北郷はホワイトボードが真っ黒になるまで議論をしていた。
ふいに妙子のスマホが麻里のコールを告げる呼びだし音を響かせた。
二人はやっと我に返ったようにホワイトボードから離れ、妙子はスマホを手にとって麻里のコールに答えた。
「今何処にいるの、あれほどあちこち行かないでって言ったのに」
「ごめんなさい、えーとここは…」
「あーすまない。南3号館の2階だ」
「なんで物理学の研究室に妙子がいるのよ!」
「ごめんなさい、すぐに戻る」
「いいよ、私が行くからそこに居なさい、まったく…」
通信が切れ、北郷はなぜ妙子が自分の前に突然現れたのか、しかもなぜ自分が暖めているテーマに光を与えるような頭脳を持っているのか疑問が次々に湧きだし、すぐに対応ができずにいた。妙子は「北郷先生、また遊びにくるよ」と軽~く言い残して研究室を出ていった。
外はすでに暗くなり始め、薄紫の空に一番星が輝きだしていた。
麻里はすぐに妙子を見つけ、かけよってきた。
「まったく心配させるんだから…。いったい何処にいたのよ」
「北郷健輔先生の研究室」
「はぁ~!!、なんで妙子があの変人の部屋に居るわけ?」
「変人…でもないと思うけど、少しイマジネィションが不足しているだけよ」
「た。妙子…あんたいったい全体どうしちゃったのよ」
「だから言ったでしょ、麻里姉ぇの学校に入るって」
二人がキャンパスの南口から出ようとしたとき、後ろからクラクションが鳴らされた。
古ぼけた2000年代の青いビートルの運転席から北郷が声をかけてきた。
「妙子君だったね、それとお姉さんかな、よかったら駅まで送りますよ」
妙子は麻里の返事を待たず「お願いしまーす」と助手席側のドアを開け後部座席に乗りこんでしまった。
「ちょっ、妙子…」
「麻里姉ぇも早くのって」
麻里は北郷の名前は知っていたが初対面であった。多分、何事もなければ卒業まで会うこともないはずだった。
「すみません…」と一応礼はいったものの、キャンパス内で変人で名高い北郷に露骨に警戒感を表したが、当の北郷は一向に気にするそぶりを見せるどころか、後ろの妙子に話しかけてきた。
「妙子君、きみ明日も研究室に来れないかな、もちろん学校には私からお願いしておくから心配はいらない」
麻里はその申し出に驚いた。いったい何があったのだろう。
「北郷先生…、妙子が何か失礼なことでも…」
「いやいや、失礼どころかあなたの妹さんには驚いた、本当に高校生なの?」
「そうですけど、先生が驚くことってまさか研究に関係することですか?」
「そうです。あ、あなたのお名前を伺っていなかったが、まだ内緒にしておいてほしい。」
そうこうするうちに、駅の近くまで来ていた。
二人を降ろした北郷の車は、また大学の方向に戻っていった。
その夜、夕飯を食べながら妙子は母の絵里子と姉の麻里に質問責めにあっていた。末の妹、祥子までも興味しんしんで聞き耳を立てていたが、
「もう、うるさい。寝る!」
妙子が先に切れてしまった。
恋話なんですけどなかなかけはいがなくてスミマセン。
もう少しお付き合いいただくと・・・
R18ももう少しです・・・