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プラネタリウムの恋  作者: kei
3/6

3 ブラックストーン

3)

頬に雨粒が当たって、妙子は目を開いた。

そこはあのおじさんと出会ったペデストリアンデッキのベンチだった。

「おじさん…」

妙子の左手には見なれた白のスマートホンと黒い石の付いたストラップがあった。

ストラップを取り替えた。

いままで付けていた小さなぬいぐるみやフィギアを全て外し、つやつやした黒い楕円の石を付けると、まるで違う物になった。

なにげなく石を握った。ほのかなぬくもりが感じられた。なんとなく嬉しくなった。

そう感じた瞬間、石の温度が少し上がり石の中心が赤く光った。

少し驚いたが、石の温度が握っている右手から頭の中に流れ込んでくる感覚があった。しかしそれは一瞬だった。

『今の…何?』

何も変化は起こっていなかった。(と思った)

「ふ~」大きなため息をつくと妙子は立ちあがり家に帰ろうとした。先ほど街に遊びに行こうとしたことも忘れて…。

ひどく眠たかった。


家に帰り玄関の扉を開け、心配そうな母親の声に何と答えたかも気にせず妙子は自分の部屋のベッドに倒れこんだ。そして朝まで目覚めることなく深い眠りに落ちた。

誰かが遠くで呼んでいるような気がする。


『妙子、妙子…私よ、』

「誰、どこにいるの?」

『あなたのお母さん妙子よ』

「……」

イメージは湧かなかったが、声はしっかりと届いていた。

『これから大変ね、でもきっと出来る』

『だって、私の子供ですものね』

「おかあさん…私がどうなるか知っているの?」

『また会えるわ、元気でね』

「妙子、妙子!いつまで寝てるの、学校休むつもり!」

「ワ、お母さん」

妙子は母親に叩き起こされた。

服を着たまま寝てしまったので、慌てて着替えを持って洗面所に飛びこむ。

「ご飯はどうするの」

シャワーを浴びて着替え終わった妙子に声をかけたが「行ってきまーす」

と、トーストをくわえ、玄関を飛びだしていった。

「ふー、まったく…」

「どうしたの、妙子」

とため息混じりにぼやいた絵理子に妙子の姉の麻里が読んでいた新聞から顔を上げた。

「昨日、帰ってくるなり部屋に入ってそのままずーっと寝てたの」

「へー珍しいね、何かあったのかな?」

「最近、良く分らない…」

「年頃だから、ほっとけばいいのよ」

「あなたから、聞いてくれない?お母さんの手に負えない」

「う~ん」

と、麻里は気の無い返事をしながら顔をまた新聞の経済欄に戻した。麻里は大学の経済学部の2年で今のところ異性より株の値動きに興味がある。妙子とは異母姉妹になるが、とても仲が良い。そして末の妹、祥子はまだ中学1年。

「あ、そーだ。お父さんからメールで妙子の誕生日プレゼント何が良いかって、お母さんと相談してくれって」

「お母さんにも着てたわ、何がいいのかしら」

「あとで妙子に聞いとく」

妙子と麻里の父、裕輔はソフトウエア会社の部長でサンフランシスコに単身任中だった。

 その時、テーブルに置いてある白いノートパソコンの表面が淡くピンクに光った。

「麻里、電話よ」と絵理子が妙子の朝食をかたずけながら言った。

麻里はパソコンの表面の光に手を触れながら、

「妙子、どうしたの忘れ物?」と答えた。

「あ、麻里姉ぇ?、パパからメールあった誕生日プレゼントねえ」

「なに、パパあなたにもメールしてたの?甘いんだから…」

「そう、で…特に欲しいものはないんだけど、」

「へー、このあいだ新しいスマホ欲しいとか言ってたでしょ」

「それは良くなって、お願いなんだけど…」

またはじまったと内心であきれながら、麻里はテーブルのコーヒーカップを口元に運んだ。

「麻里姉ぇの大学って難しい?」

麻里は思わず口に吹くんだコーヒーを思いきり吹きだしてしまった。

「わわ、いきなり何言いだすのよ。あなた、進学しないってこのあいだ言ってたじゃない」

隣で聞き耳を立てていた絵理子も思わず皿を落としそうになり、振りかえった。

「なによ、みんななんでそんなに驚くわけ?」

それは驚くに値する発言だった。なにしろ速水家では妙子が勉強をするところは見たことが無いし、進学は当然諦めていた。まして麻里の大学は国立の有名大学…。

何を言いだしたと思われても仕方が無いのだ。

「物はいらないけど、麻里姉ぇの大学に行くことにしたからヨロシク」

ガシャーンと今度は本当に皿が床に砕け散った。

「ちょっと妙子、祥子がいうなら分るけど、あなた高三よ、それに今の成績じゃいくらなんでも無理でしょ」

「ま、そー固いこといわないで、なんか行けソーな気がする」

「…!?」

「そういうわけでヨロシク~」プツ。通信は一方的に切れた。 

「ちょッ、あーもう朝っぱらからいったい何なのよー!」

妙子の異変は学校でも始まっていた。

普通に遅刻して普通にふらっと消えるはずが、一時間目から数学の授業を受けている。しかも寝ないで!

隣の席の比較的真面目な友人、夕季が最初に気づいた。

「妙子、どうしたの熱でもある?」と額に手を当てた。

「熱はないねー」まじまじと妙子の目を覗きこむ。

それを見た数学の教師はイライラしながら、「そこうるさい、次の問題、速水、解いてみろ」

当てつけのような罰ゲームに教室はざわめいた。なにも言わず立ちあがり妙子は黒板に向かう。

『た、妙子…』心配そうに夕季が声をかけたが、ニヤつく教師を横目に、チョークを手にすると、少しの間いつもの癖であごに手をやったかと思うとサラサラと問題を解きだした。

少し難しめの偏微分方程式・・・。静まり返った教室にカリカリとチョークの音が響き、そしてカランと置かれた音に、教師までが口をポカンと開けたままだった。

静寂を破ったのは妙子自身で、「センセ、答え合ってる?」

我に返った数学教師は眼鏡を半分ずり落としながらも「あ、合ってる…」と信じられないものを見てしまった中年おやじ状態で答えた。

教室の全員もまた同じ状態になったのは言うまでもない。この信じられない事件はまたたくまに職員室をかけめぐり、担任の知るところとなった。

「いったいどうしたわけ?」学校の帰り道、夕季が妙子に食い下がっている。

それはそうで、数学のあと妙子はすっかり熟睡モードに入り、担任も心配して保健室に連れていったほどなのだ。

「うーん、自分でも不思議だけど、なんか答えが湧きだしてきたのよ」

夕季は妙子のおでこに手を当てながら「どこかぶつけたとか…。そんな風ではなさそうだね」

妙子はその時昨日起こったことを覚えていなかった。

もっとも、それを言っても信じてはもらえなかっただろうが。

その時妙子のスマホの呼びだし音が鳴った。母の絵里子からだった。

「どうしたの?さっき学校から連絡あったけど、何かあったの?」

「朝から変だったから麻里も心配してるし、早く帰ってらっしゃい…」

「だいじょぶだから、少し遊んでから帰る」

「また、そんなこと言って…」「じゃね」

夕季が心配そうに「今日は早く帰ったほうがいいんじゃない?」と言ってはみたものの、すでに妙子は電話を切って駅の方へ歩き出そうとしていた。

その時、急に妙子の動きが止まった。正確に言うとスマホを持った右手が小刻みに震えている。

「ちょッ、妙子、どうしたの」前へ周りこんだ夕季が見たものは大きく目を開け、右手に持ったスマホが震え、表情が消えた妙子の顔だった。

両手で肩をゆするとすぐに表情が戻ってきた。

「え、夕季…何?」「何って、妙子…やっぱ帰ったほうがいいよ」

「そーかな~、なんか疲れてるかも、帰る」

そのまま家に帰った妙子は母の心配をよそに、またそのまま眠りこんでしまった。

からみつくような疲労感が深い眠りの底へ引きずりこんでいく。

果てしない墜落の感触は少しずつ停止し、やがてふわりと宙に浮いている自分が意識できた。周囲には何もなく、かといって暗闇ではない。何か柔らかなものの中に浮かんでいた。そしてあの声が、昨日聞いたおじさんの声が聞こえてきた。

「少し疲れましたね、でもテストは無事に終わりました」

「決して無理なことはしませんが、これから妙子に起こることを説明しておきます」

「今日はこれから妙子の能力のマスクを外します」

「妙子には今まで時間が必要でした。昨日からのテストでもう十分にその能力を使っても大丈夫なことがわかりました」

「明日、目が覚めたらすべてが理解できます…」

「妙子、心配はいらないです」

声は何時の間にか母親妙子に替わっていた。

『おかあさん…』

「大丈夫よ妙子」


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