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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

暖色・中間色・寒色短編集

おおかみ少女の復讐

作者: たまご

思いつくままに書いた、でも後悔は今はしてない(いつし始めるかはわからない)



「やぁ」

「わぁ、いつものにぃちゃんだー!」



 彼が口を開けば、すぐに声をあげて子供達が集まった。浅黒い肌を晒し、汚れた皺だらけの服を身に纏っても、白い歯を見せて笑う子供達の姿。


「一仕事するか」


 青年は今日も新調した背広の上着を脱ぎ、やってきた子供達の親に投げてやると、ワイシャツの袖を捲り上げた。そして腰をかがめて、一番子供達の目を見て微笑んだ。


 室内にいることも多いからか、基本的に彼の肌は白く滑らか。しかし近頃はこうやって外で子供達と遊ぶことも増えたため、袖をまくった腕と肩口の肌の色に差が現れ始めている。元々適度についている筋肉も、肩に子供達を乗せてやるために、少なからず逞しさが垣間見える肉付きに変わり始めた。彼にとってはそんな、自分の身体的な変化のみならず、精神面での成長も、この活動を続ける大切な理由となっていた。


「にーちゃん、今日はなにするの!」

「バスケするか。ボール、持ってきてやったぞ」

「わーい!これで前、底なし沼に落としたボールの代わりができたよ!ポールがすごく悲しんでたから絶対喜ぶ!」


 子供達が数人消えたかと思うと、1人、人数を増やしてすぐに戻ってくる。坊主頭の少年ポールが、嬉しそうにやってきた。


 少年ポールは話すことができない。


 彼は言葉を学ばなかったのだ。理由は分からないが口から言葉は飛び出さない。とはいえどポールは意思の疎通がはかれる。言葉を聞いて理解することはできるのだ。


「ポール、今日ならは気兼ねなく遊べるからな……さっき、遊び場にフェンスをつけてもらったから」

「……」


 無言でも、何度も何度も縦に首を振って頷くところを見れば、青年はその短く刈り上げれた髪を撫でてやった。子供達の笑い声がただ、スラムの廃屋跡の更地に響いていた。


 そんな青年を物陰から見つめる誰かがいた。次第に日が暮れ、伸びていく影法師で、そんな“彼女”の姿に気づいた青年は、帰り際、未だ物陰に隠れる少女に声をかけた。


「ねぇ」

「!?」

「どうしてそんなところに隠れて……」


 汗をぬぐいながら彼は声を掛けると、彼女は顔を引き攣らせ、笑っているような、泣いているようなわからない表情をして立ち去って行った。そんな彼女の後ろ姿は、彼の脳裏にしっかりと色鮮やかに刻み込まれた。


 



「今日もありがとうね。こんな私たちのために」


 スラムに住む女性の1人が、嬉しそうに微笑む。




「お小遣いのにーちゃん」とスラムの子供達から呼ばれ、「金持ちのぼんぼん」とスラムの大人達に愛想を振りまかれ、「親の穀潰し」とその姿を見た村人達は眉をひそめていた。



 そんな少年を見つめる少女がいた。



 元々……彼女は大変素直で、優しい人を困らせることもなく、心優しく誰にでも接することができた少女だった。彼女が長女で、生まれ育った家族の中ではひときわ物静かだったからこそ、親は彼女の存在すらも忘れてしまったのだ。親から愛情を受けることなく成長していった少女は、ある日からこんな妄言をいうようになった。


『お父さん助けて!オオカミが村におりてきてる!』


 彼女にとって、それは自分を見てもらうための手段に過ぎなかった。


『お母さん逃げてー!オオカミー!』

『おばさん、オオカミが来るよ、早く早く走って逃げよう』


 誰かに自分を見てほしいそんな少女の、悲しくもゆがんだわがままな嘘。毎日のようにつき続けた結果、ある日現れた本物のオオカミに左腕を食いちぎられ、彼女は五体不満足になった。


 その左腕を引きちぎられた痛みは彼女を「嘘」から解き放つことはなく、さらにどん欲に誰かに求められたいという感情を助長させるだけだったが。






 それからというもの、彼女は貧しいから好都合だと、オオカミ少女は日々その食いちぎられた腕の傷を見せつけては物乞いをし、家族の家計を助けていた。家計を助けることで、両親に親孝行(かねづる)と認識されるようになると、彼女は更に金を集めようと必死になった。こうすることで、家族に愛されていると信じていたのだ。


 そんな彼女は今、最高の獲物を見つけてしまった。


 か弱い、不幸な少女を演じ、建物の影で金をもらいにいかないことに不思議がった男に見つけられたのも、彼女の緻密な計算あってのことだった。貪欲だからこそ、その深い深い欲を彼女は決して見せることはなかった。


「なんで君は金を受け取らない」

「もらったって、足りないもの」


「夢は?」

「ない」



 少年は言った。自分の夢はこの村のそばにあるスラム地帯の子供達に教育を施すことだと。そんな途方もないことを、本気で考えているわけもないが、と内心つぶやきながら。そして彼は彼女の残った右腕をとり、立ち上がらせて腰に手を回した。そして離さない。


「きっと夢を叶えられる」


 オオカミ少女は答えた。よりか弱く見えるように、そして、俯いた。その顔を彼が見ることもない。


「いいえ、私は夢などもうありません」

「君に夢を見せてあげたい。おいで」



 夢なんてない、ただ自分をよく見せようとした「見栄っ張り少年」は、大きな野望を秘めたオオカミ少女に捕まった。村人はもう誰も相手にしないが、「オオカミ少女」は美しかった。腕がなくとも、その美しさに心酔し、争い合い、そしてお互いに毒を盛り廃人同然になった男たちは数知れず。村では彼女の名前を知らぬものはいなかった。――無知な少年だけが知らなかった。


「ただいま、お父さんお母さん。お父さん、おかげんはいかが?」

「あぁ、なんて親孝行な娘なんだ……お前のおかげだ、ありがとう」

「あんたたちも、お姉ちゃんみたいに立派になりなさい」


 家族はそんな彼女の村での評判など気にしない。日々生きていけるのなら、手段は厭わない。それが密かに泥棒として稼ぎ続けた、大黒柱(ちちおや)の教育方針だった。そしていざとなれば切り捨てる。のらりくらり生きていくそんな家庭で、彼女は空っぽの愛を得た。


 そんな彼女を、家族は毎日彼女を笑顔で迎えていた。愛に飢える彼女に、その笑顔の影に隠れるものを知っていながら、見て見ぬ振りをして明るく振る舞った。



「私の父は、病なの。弟や妹たちは皆働かなければいけない。このままじゃいつか妹が売り払われてしまう、もしそうなったら……私」

「大丈夫さ、君を守るのが僕の役目さ」


 腕のない肩に腕を回し、偽善の微笑みを貼り付けた見栄っ張り少年に、オオカミ少女は好機とばかりに自分の不幸を呪ってみせた。少女が俯くその度に、そんな彼女を抱きしめる彼は、彼女の笑みを知らない。


 とても嬉しそうな、無邪気すぎる笑みを。






 しばらく2人は共に過ごした。腕がないというのに、少年を甲斐甲斐しく世話したオオカミ少女に対して、彼が恋に落ちるのも無理はなかった。見栄っ張りな少年は無知だった。本当の夢などなければ目指すものもない、見かけだけのプライドなど、オオカミ少女にただ利用されるだけだったことを、彼は知らなかった。


 オオカミ少女は、狼に腕を食いちぎられても生きている。大量に血が流れ、生死を彷徨ってもなお生き残った強さ。オオカミの存在が本当だったのにもかかわらず助けなかった隣人、見物人、友人に、そして家族に抱き続けた憎悪。それは彼女をさらに強くしていた。


 いつかこんな、惨めな物乞いの生活から這い上がってやる。オオカミに襲われる自分を見て、ただざまぁみろと笑ったもの達に最高な絶望をもたらしてあげようではないか。



 食いちぎられた腕を激痛で朦朧とする意識の中で拾い上げ、オオカミに食わせてやった女は、とうとう男のココロをクッたのだ。男が正式に彼女を妻にしたその日から、彼女はもう家族に、金を渡すことすら渋り始めた。もう家族がいなくても、夫となった「見栄っ張り男」が愛を与えてくれることを知ったからだ。



 彼女の夢を自分の夢と決めた見栄っ張り男は、与えられるものを与えられるだけ女にやった。彼女はそんな彼の愛情(こころ)に歪んだ愛情を返しているというのに、その嘘すらも見抜けぬ腑抜けになった。金持ちとはいえ、所詮中流階級の親からのなけなしの金貨を女に貢げば、女はその金では誰も救えないと説いてやった。見栄っ張りの嘘など容易に見抜かれ、更にゆがんだ、大きな嘘に呑まれ、男は全てを失った。




 自分は、村一番の良い男。そんな彼の、見栄っ張りの小さな嘘。中流階級の親の金すらも使い込み、両親を死においやってもなお、もう女しか彼の瞳には映らなかった。



 結局男は何を夢見ていたのか。エンドレスな施しすらもやめ、女にだけ全てをつぎ込み、気づけば墓の中だ。嘘つき少年は結局、「女にカンラクし、誑かされた愚か者」と墓に刻まれたのだ。なけなしの花束も、気づけば少しずつその数を減らしていき。



 最終的に、男は何者でもなくなった。誰の記憶からも、いなくなった。




 え?オオカミ少女はどうしたかって?

 愛に飢えた賢い女は男の金を懐に貯めておいた。歪んだ復讐の炎のため、とどめておいた金を、ある日女は使ったんだ。


「立食パーティー?あの女が?」


 その日は秋の収穫も終わり、感謝祭と称し、一週間の休暇が、村全体の人間に与えられていた日だった。


 無論オオカミ少女の声を信じて、出席する者などいなかった。しかし彼女はそんなことも気にせずに、約束通りの時間、楽しげな音楽を流し、誰もいない村の集会場に食事を運んだのだ。1人ぼっちのパーティは寂しいものだ、と翌朝ぼやき、今夜もやるのかと問われれば、女は美しく笑う。


 その夜は、村の5分の1の村人があつまった。集まった村人はその料理の豪華さと質の高さ、そして音楽の美しさを讃えた。彼女がまっとうになると言えば、その豪華なパーティに出席した者は信じてみようかとしきりに言葉を交わし合った。


「あら、あの子が?」


 3日目のその夜は、噂を聞きつけた家族も含め、村の5分の2の村人が集まった。まだ食べ物は余っていた。全てが夢のように美しかった。


「彼女は改心したようだ」


 4日目のその夜は、家族に招かれた親戚も含め、村の5分の3の村人が集まった。そこにはあの皆に忘れ去られた男がかつて目をかけていたスラムの孤児だった少年少女の姿もある。彼らは自分の人生の中で到底ありつけないと思っていたご馳走を前に感動の涙をこぼした。


「5日目が最後になります。みなさんに迷惑をかけた分の、最高のおもてなしは、明日の夜に」





 そして来たる5日目の夜は、村の集会所に集まりきらないほどの、村中の人間たちが彼女のもてなしを受けにやってきたのだった。



「皆さま、今まで本当に多くの方々にご迷惑をおかけしました」



 4日目まで、隠すことのなかった顔を、彼女はその日、黒いベールで覆っていた。


「なぜ未亡人のような姿をしているのですか」


 村のうわさ好きな夫人に尋ねられ、彼女はあいまいにほほ笑んだ。


「だって、私の夫は少し前に亡くなりましたもの」

「あぁ、夢を追い続けた……ごめんなさいね、旦那様のお話はつらいですわね」

「いえ、もう大丈夫です」


 彼女は立食パーティーの明るい音楽の中で、こう夫人に告げた。



「私は貧しい家で、親からもほとんど愛を受けずに育ちました。

 私は愛がほしいからと、取り返しのつかないような最低な行為をし続け、罰を受けました。

 罰を受けてもなお、愛欲しさに、この罪深き手を、ますます罪で汚しました。

 あぁ、きっと神はそんな私に情けをくださったんだわ。

 私には、素敵な旦那様がいましたもの、最期まで私を慈しんでくださった。


 この村の人は、誰もしてくれないように、愛してくれて。

 この村の人々が決してしてくれないように、ともに寄り添い、愛をささやいてくれて。

 この村の奴らがしたような、空気のような扱いをすることもなく。

 この村が私を裏切ったとしても、彼は私を生涯裏切らなかった」



「ま、まぁ……そんな、私たちは別にあなたをそんな、裏切るだなんて」




 でももう終わりです、と黒いベールをかぶった女は笑う。


「もう、ぜーんぶおしまい。ねぇお父様、お母さま。私を金づるとしか見なかった、哀れな盗人一家の、私のきょうだい?」

「か、家族になって口をきく!」

「私の金は生活の糧だったんでしょうね、だから私が結婚してお金を渡さなくなってから、そんなミスボラシイ恰好しかできなくなって。あぁ、かわいそうに」



 もともとは、ただ、父と母に「愛している」と聞きたかっただけなのに。

 愛されるだけで、よかったのに。

 嘘をついたとき、戒めてほしかっただけなのに。

 そんなごまかすような笑顔で、家に帰ろうといわれたかったわけではないのに。

 オオカミに襲われた夜、ただ大丈夫かと聞いてくれるだけでよかったのに。

 

 愛が、ほしかった。だけなのに。


「なぜ、あなたたちは私を愛してくれなかったの。なぜ、夜寝る前に、ほかのきょうだい達にはしたように、私の額にもキスをしてくれなかったの。なぜ、あなたたちは……」







 少女はそこで、パーティーに参列していた、最後の1人―ーそれは何の因果か彼女の父だった――が倒れるまで、語り続けていた。眠りについたパーティーの参加者は、もう目覚めない。



 燭台の火を掲げ、彼女はよく燃える絨毯の上に火が付いたまま燭台を投げ捨てた。黒いベールも脱ぎ捨てて、彼女は笑った。




「あぁ、旦那様。私の復讐のために、全てを奪ってしまってごめんなさい。

 最期まで、本当の愛をあなたにささやくことができなくてごめんなさい。

 私はあなたを愛したわ。愛していたの。本当に。心の底から。

 あなたの目指した素敵な世界を、私は作るわ。

 でもその前に、私はこの、忌まわしい過去を捨てたかったの。

 だから許して」




 ゆったりとしたワンピース姿の彼女はその腹部にそっと手をやり、火の手が回る集会所の、唯一の扉に向かい、外に出た。外から鍵をかけ、秋風の中、自分の住む家に帰る。



「旦那様、私は「この子」とともに、あなたの夢を引き継いで生きていくから。

 もう少ししたら私は夢を叶え、かなえた暁にはあなたのもとに向かいますから。

 どうぞもうしばらくお待ちになってね。女にカンラクし、誑かされた愚か者の、旦那様」








 かくして、村は一夜にしてほとんどの住人を失った。人がいなくなった土地には、女が呼び寄せた人間たちが住み着き、村はしばらくすると、その雰囲気だけは以前と変わらなくなった。


「ほれ、何をしているんだい」

「あ、いえ。少しぼーっとしていました」



 愚かな女は愛を求めた。

 不運にも、村はそんな女に、彼女が望んだ愛を与えられずに、壊滅した。

 幸運にも、愚かな男が手慰みに学問を教えていた子供たちは、彼から妻がいつか復讐をすること、を伝えられていたために、復讐の手から免れ、生き残った。


「奥様がなくなられてから、もう10年。この村は立派になったものだねぇ」

「そうでしょうか」

「息子の若旦那様は、しっかりと村を治めているし、平和だねぇ」

「……そうかもしれませんね」



 狼女はただ愛がほしかった。

 ほしい愛を得るために、愛を与えることを望まなかった人々を排除し。

 自分のほしい愛を得て、そして更なる愛を得るために死んだ。


「ポール!若旦那様が呼んでる!」

「あ、今行くよ」





 ≪僕≫は、ただそんな愚かな彼女と、見栄っ張りな彼を、そばで見てきた、

 このバカみたいな復讐劇の、登場人物に過ぎない。






お読みいただきありがとうございました。

荒々しくただ打ち付けましたので、セリフよりも地の文も多く読みづらかったかもしれません。

オオカミ少年は、「嘘をつくと信用を失う」的な教訓を子供たちに教えるためにあると、一般的には認識されているのではないでしょうか。でも、オオカミ少年がそうやって嘘をつくことになる過程が、もしかしたらあったんではないかと、ふと思いつき、そこからオオカミ少女が出てきました。

久しぶりに書くと自分の思う内容にはならないものですね、もっとかっこよく書きたかったですが……

改めて、お読みいただき感謝です。


2017.5.27 Someone's Egg (たまご)←創作のんびりお休み中の間はこちらの名前を使います。

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