第10話
すみません、遅くなりました。
「健治、指名依頼を受ける気はないか?」
「?指名依頼、しかし俺たちはまだEランクなるかどうかの新人だぞ。そんな奴に指名するほど信用はないはずだが?」
「いや、少なくとも俺は健治のことを信用している。それに今回の依頼は俺が昔世話になった人への恩返しみたいなものだ」
「なら、なおさら・・・」
「現在この街に健治以上に信用でき、なおかつ動ける冒険者はいない。頼む!」
そう言うとアデルは深々と頭を下げた。
部下の二人は真剣な表情で頭を下げる彼の様子を見て、動揺したが直ぐにアデルと共に頭を下げる。
「取りあえず、顔を上げてくれ。どんな指名依頼なんだ?」
「ああ、依頼は商隊の護衛だ。知り合いの商隊に護衛の欠員が出たんだ、しかも先を急ぐと言ってな。だから健治にはこの人の護衛をしてほしい」
「期間と場所は?」
「ここから、南西方向・・・王都に行く途中にある交易港がある港町だ。片道で約3日ほどだな」
「まあ・・・大丈夫か。その商隊の人はもう街にいるのか?」
「ああ、これからあってもらえないか?」
「かまわない、用事は終わったしな」
「なら、急ごう」
アデルは食器を片づけると部下たちを連れて馬の方に向かっていく。
健治も召喚した車両などをしまい、帰る準備を進める。
「なんかすまないな、アーシェ。相談しないで依頼を受けて」
「いいえ、主が決めたことですから不満はありません。それに他の街なんかも見てみたかったですし」
「そうか・・・ありがとう」
アデルが先頭に立ち、健治たちは街に戻っていく。
南門を通り抜けて宿屋が立ち並ぶ大通りに向かって歩き、そのうちにある一つの宿屋に健治たちは入って行く。
一階は食堂になっているのか、テーブルが数多く並んでいた。
そして、大人数用のテーブルの一つで商人らしき人間が4人と冒険者らしい人間が4人座っている席にアデルたちは進んで行く。
「ようサリカば・・・ぐふ」
アデルがテーブルに座る一人に声をかけようとした瞬間、座っていたはずの相手が一瞬でアデルの近くに接近しその腹を蹴り飛ばした。
「アデル、口には気をつけな、と。いつも言っているであろう、それともあんたの頭は空っぽなのか?」
「す、すいません。姐さん。気を付けます」
「期待しないでおくよ。で、後ろの二人は誰だい?」
「ああ、今回の護衛の補充にこの二人に声をかけたんだ、どうかな?」
「そうか・・・昨日、言っていた信用できる冒険者っていうのが君たちか、それは失礼したな。私の名はサリカ、サリカ・コーリン。この商隊を率いているコーリン商会の店主をしている者だ、よろしく頼む」
そう自己紹介した人は健治より背は低く、三つ編みにした茶色の髪ととび色の瞳をした女性だった。
二十代ぐらいの見た目だが、落ち着きのある風格からしておそらく違う。
「こちらこそ、俺は健治、ケンジ・タチバナ。そしてこっちは仲間のアーシェです」
「アーシェです。よろしくお願いします、コーリン様」
「サリカでいい。今回のこと、こいつからどれくらい聞いている」
「南西にある港までの護衛と聞いているが」
「そうだな・・・あっている。実は、ここまで来た他のパーティーが腹痛をおこしてな。回復まで待っていたら交易船が寄港している期間を過ぎてしまうのでアデルに信頼できる人間に声をかけてもらっていたんだ」
「二人の実力なら、俺が保証する」
復活したアデルが答える。
「まあいいが、念のため聞くが二人は今のランクはどれくらいだ?」
「今は、Eランクだ」
「なんだって!Eランクなんか新人と一緒じゃないか!コーリンの姐さん、考え直した方がいい!俺たちはお守りなんかする余裕はないぞ」
「・・・アデル」
「うん?ああ、二人なら問題はない」
騒ぐ冒険者と落ち着いているアデルを見比べてから少し考えて自分の答えを口にする。
「わかった。では、明日の朝に西門に集合で頼む。私はこれから健治たちと一緒に依頼書を制作してくる。お前たちもあまり飲みすぎるな」
「・・・ちっ!わかったよ」
ここまで護衛をしてきた彼らにしてみれば、自分たちの意見よりたまたま寄った町の知り合いの意見が取り上げられたことに憤りを覚えるが依頼者の決定には逆らえない。
だが、彼らの言い分も理解ができる。
護衛の任務は期間中大変な緊張を強いられる、いつ来るかわからない魔物に知恵のまわる盗賊など危険は多い。故に後方の不安は極力なくしたいのが彼らの考えでもあった。
「さてと、ではこれからギルドに向かおうか」
サリカは健治たちを連れて冒険者ギルドへと歩き出す。
アデルたちはすでに東門に戻っていて、今は健治とアーシェの二人だけがサリカの後をついていく。
ギルドに到着するとまっすぐに受付に向かい、健治たちに今回の護衛依頼に追加するむねを伝えると受付嬢はそれを引き留めようとしたが彼女の威圧を受けてしまい、壊れたおもちゃのように首を縦に振っていた。
それに・・・彼女がギルドに入ると古株の冒険者がビクついていたことが気になるが。
「これで、登録はできた。先も言ったが明日の朝に西門で待っている。遅れるなよ」
要件を伝え終わるとサリカはギルドを後にする。
建物内に喧噪は戻ってくると、先日治療した[ハーメルン]のグスタフとアンナが健治たちに近づいてきた。
「なあ・・健治。今のはサリカ・コリーンだよな」
「ええ、そうですが? アデルさんの紹介で依頼を受けまして」
「・・・そうか」
「どんな人なんですか? サリカさんは」
「うん?・・・ああ、そうだな。いや・・・悪いが自分で聞いてくないか。すまんな」
グスタフは明後日の方向を見ながら、サリカについてお茶を濁す。
余程言いにくいことがあるのだろうか、そう考えながらも健治は明日のために宿屋に帰ることにした。
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翌朝、街に朝日が差し込むかどうかの時刻に健治たちは西門に到着していた。
今日の護衛依頼に使用する兵器を召喚すところをあまり見られたくはないと言うのもあった。
「今回はこれにするかな」
選んだ兵器は、ドイツ陸軍の装甲車・四輪軽装甲車sdkfz222だ。
主兵装は20mm機関砲と副兵装に7.92mm機関銃を装備した大戦初期を支えた装甲車である。
大戦時の東部戦線には雪と泥に阻まれてしまい、性能を活かせなかったがこの場所なら問題はない。
「アーシェ、運転は俺がやるから、銃座の方に乗ってくれ。あとなるべくでいいから、人間相手に20mm機関砲は使わない方向で」
「どうしてですか?」
「20mm以上の機関砲を人間相手に撃つとな、バラバラになって原型がとどめないからだ」
「!!わかりました。気を付けます」
実際、12・7mm重機関銃(50キャリバー)を人間相手に撃つと風穴が空くぐらいの威力がある。
それより0.8mmも大きい20mm機関砲ならそれ以上の結果になるのは火を見るより明らか。
ただ、この20mm弾が人間以上の耐久性を持つであろう大型の魔物にどこまで通用するかは不明だが。
そして、移動に必要な荷物を確認していると街の方から2台の幌馬車が向かってくる。
先頭の馬車には依頼主のサリカが馬の手綱をとり、運転していた。
「おはよう、二人とも先に待っているとは感心するよ。・・・他の奴らは見てないかい」
「いや、ここに来たのは俺たち以外はサリカさんだけだ」
「そうかい、まったくあいつらは」
健治が再び街の方に視線を向けると、昨日の冒険者が5人歩いて来るが見えた。
サリカも気付いたのかため息を吐いてる。
「すまねえ。コーリンの姐さん「私は、飲みすぎるなよと。注意したはずだが」」
ゆっくりと目を開きながら、彼らに対して怒気を露わにして答える。
彼女にとって今回の移動先は今後の商売を左右する物であり、そのために先を急ぎたいという焦りが余計に苛立たせていた。
「まあいい、さっさと配置についてくれ。健治たちは・・・と、その前にその鉄でできている馬車は二人のなのか?」
サリカは装甲車を眺めつつ、質問をしてくる。
「ああ、俺たちはこれに乗って護衛をする」
「まあ、二人がどんな方法でやるのか聞いていなかったからな。馬はないのか?」
「これは馬はいらない。これだけで走れる」
「ほう!それはすごいな!」
「あと、俺たちは後ろからついていくがいいか?」
「?それは構わないが、理由は?」
「前にいると進み過ぎてしまう可能性があるからな」
「そうか・・・まあ、いいだろう。前方はあいつらにやらせる予定だしな」
彼らも準備ができたのか、先頭の幌馬車の前に集まっていた。
それを確認したサリカは乗っていた馬車に戻っていく。
健治たちも装甲車の乗り込み、出発を待つことにする。
「・・・では、出発するぞ!」
商隊全体に出発の合図がかかると、先頭の冒険者たちが動き出していく。
それを追うように2台の幌馬車も動き出す。
馬車が少し離れたころに健治はエンジンをまわしていく。
そして、商隊の後ろにゆっくりと進んで行く。そう、ゆっくりとである。
馬車の速度は荷馬車なら徒歩と変わらない、護衛が前にいることもあり遅い。
現代人の健治にしてみれば、本当に急ぐ気があるかと思う。
そんな感じで、初めての護衛依頼はスタートした。
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「よし!ここで大休止をする!出発は2時間後、各自昼食と休憩をとるように」
街を出て約6時間後、水分補給の小休止を挟みながら街道を進んでいた。
その途中にある街道脇の小さな広場に商隊は寄り休憩をするみたいである。
この広場もきちんと整備された物ではなく、川が近くにあるために他の商隊が使って行きできていった場所のようだ。
今回の人数は、護衛の冒険者が5名にサリカの商人が4名、それに健治たちが入り計11人。
冒険者たちは持ってきた水筒と干し肉を齧り、サリカたちは黒パンなどを口にしていた。
「こんなんで力は出ないだろうな。・・・アーシェ、やるぞ!」
「はい、主」
二人は互いにうなずくと準備を始める。
健治はフィールドキッチンM1937レンジと作業台に材料を取り出す。
アーシェはボールに入った野菜を素早くカットしていくと、健治は鍋にラードを入れて火にかける。
油が解けたころにカットした野菜を投入し、野菜に油がまわったら水とソーセージを加えて見込んでいく。
この料理はドイツ軍のレーションの一つ「アイントプフ」と言うポトフの一種であるスープを作っていき、その間アーシェには作業台を片付けてもらってスープ皿とあぶった黒パンを並べて貰う。
その光景を見ていたサリカたちと冒険者たちが集まってくる。
「ケンジ。この食事は二人だけにしては多いと思うが」
「?俺たちだけではない、サリカさんたちの分も用意してあるが?」
「なっ!自分たちの貴重な食料ではないのか? それにそんなことをして二人に何の利益がある」
サリカは心底驚いた。
冒険者は基本自分用の荷物しか持つことはない、いや待てない。いくら、携帯用のマジックバックが売られていてもそこまで多くの荷物が入るわけではない。
故に、自分たち以外の食事を作ることで大切な食料の消費を増やすことは自殺行為であり理解に苦しんだ、だが。
「材料については気にしないでいい。それより、空腹で本来の力が発揮できないなんてことなりたくはない。しっかり食べることで余裕ができて護衛の仕事がうまくいくならこれくらいなんてことはない」
健治にとって見れば自らのスキルで材料なんかはいくらでも出せるのでこれくらいは簡単なことである。が、彼女たちにとってはあまりにも非常識でそして簡単に自分たちの常識を飛び越えていく。
それを見たサリカは。
「ふっはははははは、長く商人をしていたがこんな人間に会えるとなんてな。くっくく・・・人生は面白いな!」
この世界で生きてきたサリカにとっては底知れぬお人よし。
だからこそ自分の見ていたものが如何に小さかったことに笑いが止まらなかった。
「あ、あの、食事はいりますか?」
「ああ、いただこう」
そのあとは、和やかな空気の中で昼食の時間は過ぎっていった。
食事を終えて、サリカたち商隊は本日最後の移動を開始していく。
この移動が終われば、旅程の約半分は完了するので順調と言えるだろう。
「さてと、今日はここで野営だ。各自、準備をしてくれ」
サリカの合図で、馬車を中心に設営に入って行く。
森に薪を取りに行く者もいれば、種火を熾そうとしている者もいる。
そんな中、先任の冒険者パーティーのリーダーらしき人がこちらに向かってきた。
「昨日は、すまなかった。俺はこのパーティーのリーダーをしているクルトだ。今夜の配置について相談があるんだがいいか?」
「ええ、健治です、こちらはアーシェです。よろしくお願いします、クルトさん」
「クルトでいい。それでだ、真ん中に馬車があって西側には河が流れているから健治たちを入れて、三方を二人づつで見張ろうと考えているがいいか?」
「それでいいと思います。クルトさん、夜に移動する人はいますか?」
「いや、いないな。いるとしたら魔物か盗賊の可能性が高いな」
「なるほど、では外周部に少し仕掛けをしてきます。もうここを離れる人はいないですよね」
「そうだな、薪なんかも集め終わったからいないと思う」
「了解。では、仕掛けてきます」
そう断ると、健治はアーシェと共に外周部に移動する。
ここは馬車から約30メートルほど離れているので距離的にもちょうどいい。
「主、仕掛けとはなんですか?」
「うん?これだよ」
答えるように健治はメニューから鉄条網を敷いていく。
この鉄条網は対人用に開発され、第一次大戦には塹壕と共に多くの兵士の行動を阻んだ。
そして耐久性の高さにも優れている、例え爆風を受けたとしても砲弾の直撃さえなければ切れることはなく、取り除くには兵士が直接ワイヤーカッターなどで切断していかなければならない。
だが敵兵士がそれを見逃すはずもなく真っ先に攻撃にする目標でもあった。
今回、そんな鉄条網の中で特に耐久性に優れるコイル型を設置することにした。
アーシェに鉄条網の束が積んである台車を渡して、健治は支点となる丸太を地面に打ち込んでいく。
西側のにある川辺から始まりコの字型に敷いてくと、サリカたち商人が鉄条網に興味を示し観察していくのが見えた。
時々驚いた声が聞こえたりしたが、急がなければ暗くなるので無視していくことにする。
設置が終わるころには辺りは闇に包まれていく。
護衛依頼で最も危険な時間が始まろうとしていた。