未来を覗く機械
クリスマスイブの前日だというのに今日も博士と助手は研究室に籠りきり。それもそのはず、まもなく長年の研究が完成しようとしているのだ、世間のように浮かれている場合ではない。そのとき博士が機械をいじっていた手を止めて叫んだ。
「出来た!ついに完成したぞ!」
「おめでとうございます博士」
ふたりは抱き合って喜ぶ。
「この機械で未来を知ることが出来るぞ。まさに人類の夢だ」
「素晴らしいですね。皆の驚く顔が楽しみです」
「まだ30時間先までしか覗き見ることは出来んがね」
「そこはこれからの課題ですね」
「うむ。さて、それではさっそく動かしてみよう」
「何を見るんですか?」
「実はもう決めてあるんだ」
博士は機械のキーを叩き数字を打ち込みながら答えた。
「今日抽選のロトの結果を見る」
「え、それは……倫理的にまずいんじゃ……」
と、助手は渋い顔。
「この機械は人類の歴史を変えるほどの大発明だぞ。それを作り上げたんだ、そのくらい罰は当たらんだろう。それに、これを研究開発するのにどれだけの費用がかかったかは君も知っているだろう」
「でも……」
「予算を大幅にオーバーしてしまったから、君の給料も払えないかもな」
「もう……分かりましたよ。それにしてもせこいんだから、この機械を売り込めばこれからいくらでも稼げるだろうに」
「世の中なにがあるか分からないからな。まあ、これからはこの機械でその心配も無くなるが」
「それで、覗く先の時間はいつに設定するんですか」
「私がうっかり忘れてしまっては元も子もないから、そうだな……分かりやすく明日の正午にするか」
「場所は個別生体認識で博士に設定でいいんですね」
「そうだな……っと、よし設定できたぞ」
「動力供給も安定しています。いつでもいけますよ」
「それでは覗くぞ。どれどれ」
博士は機械から突き出ている双眼鏡の接眼部のような覗き口に目を当てた。
「ふむふむ。おお、私が居るぞ。ちゃんと当選数字を書いた画用紙を持って立っているな。読み上げるからメモをとってくれないか」
「はい、ちょっと待ってください」
博士が読み上げる数字を助手はひとつひとつ復唱しながらメモ帳に書き込んだ。間違えたりしたらえらいことになる。
「それにしても我ながらニコニコと薄気味悪い笑顔だな。あのようすだと首尾よく当たりくじを手に入れられたようだな。よしよし」
「おめでとうございます。僕の給料もよろしくお願いしますよ」
「君も疑い深いね。大丈夫だから安心したまえ」
博士は覗き口から顔を上げると上機嫌で機械のスイッチを切った。
「さてと、ではさっそく宝くじ売り場に行ってくるか」
出かける支度を始めようとすると助手が声をかけた。
「ねえ、博士」
「ん、なんだ?」
「僕の未来も見てくれませんか?」
博士は露骨に嫌な顔。
「未来といっても、君は明日もここで研究をしているんだろう? いつもと変わりがない姿を覗いたって意味がないじゃないか」
「でも、なにかが起こっているかも知れないじゃないですか。ねえ、いいでしょう。お願いしますよ」
「君は言い出すと聞かないからなあ……まあ、いいだろう」
「やったあ、ありがとうございます」
ふたりは再び設定に取りかかった。
「動力は? うん、ぎりぎりあと一回分か。時間設定は最長を試してみるか……よしそれじゃあ覗くぞ」
博士は機械を覗き込んだ。ところがすぐに目を離し、しかめっ面をしている。
「むう……」
「どうしたんです? なにが見えたんです?」
その様子に助手は気が気ではない。おろおろと慌てるばかり。
「もしかして、僕の身に何か?」
「いや、君は元気そうだったよ。でもね……」
「でも、何です?」
「手に持っていた紙に『すぐに覗くのを止めろ!』と書いてあり、その紙をもう片方の手で必死に指差していたんだよ。顔もただならぬ形相で、その気迫に押されて思わずスイッチを切ってしまったんだが」
「いったい何があったんでしょう? どうしましょう?」
「どうしようといってもなあ。なんせ一瞬の事だったからなにも分からないし、動力ももう残っていないんだろ」
博士は腕を組んで「ううむ」と考え込み、助手は居ても立ってもいられず部屋のなかをうろうろと動き回っている。
そのとき、助手の携帯電話が鳴りメールの着信を知らせた。彼はしばらく画面を眺めていたが、突然なにかを閃いてぱあっと明るい笑顔になる。
「博士、分かりました。謎が解けました」
博士は訝し気な顔で助手を見つめる。助手はメールの返信を打ちながら言葉を続けた。
「向かいの弁当屋の女の子からです。明日のクリスマスイブだけど空いているか?って。お誘いのメールですよ。ところでお願いがあるんですが、明日お休みをいただけないでしょうか?」
博士は先ほど覗き見た助手の姿を改めて思い返していた。そういえばホテルのような部屋でバスローブに身を包んでいたようだ。全てを理解した博士はにっこりとほほ笑んで答えた。
「もちろんいいとも。聖なる夜を楽しんできたまえ」