明月院
メロンソーダ越しに見える景色は、とても不思議な感じだった。
全てが緑で、全てが歪んでいて。
それはまるで深い川の底で、緑藻に反射された日の光を見ているかのような。
僕はメロンソーダを日の光にあて、そこから見える景色を見ていた。
さっきまで不機嫌だった姫が、今は上機嫌でチーズケーキを食べている。
今日だけでこの子はどれだけ食べものを消費するのだろう。
エンゲル係数高すぎだろ!
神功皇后様は紅茶を好まれたらしい。
幾ら昔人間だったと言っても、今の人間界には疎いはずだから、僕がチョイスした。
ケーキもなるべくスタンダードなイチゴのショートケーキ。
これには大いに喜ばれていた。
「三十郎さん、このケーキと言うものはとても美味しいですね。西洋のお茶も香りよく、日本の緑茶とはまた違った美味しさがあります。」
どうやら気に入って頂けたらしい。
まぁ、甘いものが嫌いな女子は少ないと聞いていたし、神功皇后様が存命の時にはなかったものだ、味も当時の食べ物より濃いはずだし、珍しさも手伝って気に入ってくれたのだろう。
「社から出たのは初めてですが、この国も豊かになりましたね。建物も景色も変わり、人々は皆幸せそうです。こうしてここから人の流れを見ていますと、なんだかとても不思議で、私も幸せな気持ちになります。」
優雅な時間でも流れているかのような錯覚を覚えてしまう位、雅な感じ。
とても名だたる武将に崇められた人だとは思えない。
Tカップを両手で持ち、窓の外の景色を見つめるその瞳は、この世の全てを見透かしているかのように崇高だ。
少なくとも、僕の目にはそう映った。
「神功皇后様、どこか行かれたい所はありますか?」
そう尋ねてみると、皇后様は少しだけ考えて優しく微笑む。
「今この瞬間、私は十分貴重な体験をしていますので、多くは望みませんよ。この辺りを少しだけ散策出来たら、それだけで満足です。いまの世が幸せなら、私にとってはそれが全てなのですよ。」
さすが神様。
どっかの我儘な弁天様と違って大人だ。
「それに若い二人の邪魔をしちゃいけませんしね!」
クスクスと笑う皇后様。
敵わないな。
そんなやり取りを僕の横で不機嫌そうに見ている姫。
「ちょ、姫!メロンソーダをブクブク泡立てちゃ駄目だって!」
ふーんだ!と言わんばかりに顔を逸らす姫。
「三十郎、失礼よ。皇后様は随分とお年を召していらっしゃるから、歩くのがしんどいだけですよね~?」
何故にまたそんな喧嘩ごしなんだか。
折角、贅沢に優雅な時間が流れているって言うのに!
「なんですって?お子様ランチ!成敗しますわよ?」
あぁ、また始まってしまった。
「二人とも少し落ち着いて!姫もなんでそんなに皇后さまに突っかかるのさ?イイ女って言うのはね、些細な事で感情を露わにするもんじゃない!それにここは皇后様の奢りなんだから、大人しくしてないと自腹になるよ?ちなみに僕はもう帰りの汽車賃くらいしか持ってないからね!神様が無銭飲食って事になったら、随分と恥ずかしい事になるんじゃないの?」
そう言うと、急に大人しくなる姫。
「じゃ、折角ですからこの辺を散策しながらお社に戻りましょう。お送り致しますから。」
不機嫌そうな姫の首根っこを引きずり、僕らは表に出た。
さて、どこへ行こうかと考えていると、皇后様が明月院に行きたいと言うので、僕らは東に歩き出す。
明月院。
紫陽花で有名なお寺で、花しょうぶのお寺としても有名。
鎌倉駅から500メートル位なので、あっという間に到着した。
普段は人気スポットの為、結構混んでいるのだが、今日は七夕祭りという事もあり、この辺は混んでないらしい。
皇后様に入場料を払ってもらうと、咲き誇る紫陽花の美しさを堪能して回った。
時期的にはギリギリだったが、十分に紫陽花を見て歩ける。
「このような場所でよかったのですか?」
そう尋ねると、紫陽花を愛でながら皇后様は言う。
「いまの世は、私にとって少しいずらい場所。でもここにはあの頃の面影がある。この国が発展して行く事は嬉しく思う反面、変わらないで欲しい事もあるのです。それは誰かを想う心と同じでね。」
寂しそうにそう呟いた。
「人の心も世の中も、移ろいやすいものだけど、どうか三十郎さんのはその純粋な気持ちをいつまでも忘れないで下さい。」
照りつける夏の日差しが優しくなっていく少し前。
皇后様とそんな会話を交わしたんだ。
時間は15時を少し過ぎたところだった。