七夕まつり
目の前に出された料理を平らげると、デザートの到着を待つ。
気に入ったのはメロンソーダだけではなく、コーンスープも気に入ったようだ。
「このトローッとした感じと、味がまた何とも言えない!」
余程気に入ったのか、コーンスープもお替りしていた。
「人の世は凄いな!珍しくて美味しいものばかりだ。で、ちーずけーきというのはまだ来ないの?」
僕は店員さんに声をかけると、デザートを持ってきてもらう。
「お待たせしました。」
姫の目の前に置かれたチーズケーキ。
彼女はおぉっと低い声を出して唸る。
「さ、食べてみて。これまた超美味しいから!」
彼女にホークを渡すと、チーズケーキを幾つかに切り、一つ口に運ぶ。
「なにこれ!?しっとりとしていて滑らかで、口に広がる甘みがまた堪らない!和菓子を食べた事はあるけど、このような味のものを口にするのは初めてよ。気に入ったわ!」
そう言うとチーズケーキをどんどん口に運んで、あっという間に目の前のお皿から消えた。
「どう、美味しかった?」
そう尋ねると、大変ご満悦な様子。
「うん!美味しかった。ごちそうさまでした!お、そうだ!お礼にそのチリチリ頭を直してあげる。」
美人の笑顔は実にいいね。その顔を見ただけで、こっちも嬉しくなる。
まぁ、チリチリ頭にしたのは姫なんだけどさ。すっかり忘れていたけど、僕は二グロで店内に入ってしまったんだね。
一瞬、光が僕を包むと、僕の髪の毛は元の短髪に戻っていた。
これにて一件落着。
「さて、これから少し電車に乗って鎌倉に行こうと思う。と、言うのは実は今日、鎌倉で七夕祭りやってるんだよね。折角だから行ってみない?」
お祭りという言葉にときめいたのか、二つ返事でOKする彼女。
残りのメロンソーダを飲み干して、僕はレジで会計を済ませる。
お店を出て、東に少し歩くと僕らは鎌倉高校前駅で電車を待つ。
この駅は割と有名な駅なんで、知ってる人も多いかもしれない。
映画やドラマの撮影なんかでもよく使われるしね。
緑とクリーム色の電車に乗り込んだら、景色の良い海側の席に腰をおろす。
流れていく景色が珍しいのか、終始声を上げて、なんとも子供みたいにはしゃぐ彼女。
七里ヶ浜・稲村ケ崎・極楽寺・長谷・由比ヶ浜・和田塚と過ぎ、終点の鎌倉で江ノ電を降りた。
鶴岡八幡宮でも見て行こうかと提案したが、それは却下された。
「いままでずっと社の中にいたんだから、神社はいいかな。まぁ、比売神”ひめがみ”には後で軽く挨拶するのもいいかな。っと、それよりも三十郎!、祭りは何処なの!?」
はしゃぎっぷりが凄い。
無理もないかもしれない。何千年って社から出た事なかった訳だし、見るもの全てが珍しく映るんだろうな。
江ノ電を降りてすぐが小町通りといって、年間1900万人以上がここを訪れるって位有名な通り。
別名、食べ歩き天国とも言われ、兎に角美味しいものが揃っている。
普段から人でごった返すこの通りが更に人だらけで、思うように前へ進めない。
さてどうしたもんか?一度通りを一本それた方がいいか?
そんな事を考えていると隣にいる筈の姫の姿がない。
360度ぐるっと見渡しても彼女の姿が見えない。
慌てた僕は来た道をゆっくり戻ると、ダンゴ屋のショーウィンドウに張り付いている姫を発見。
僕は後ろから軽くチョップを入れる。
「てぃ!姫、ダメだろ急にいなくなっちゃ!さっきあんなに沢山食べたのにまだ食べたいの!?」
そう尋ねると、チョップされた箇所を手で擦りながら恨めしそうに僕を見る。
「痛いな~。だって美味しそうなお団子が並べてあったらつい見ちゃうでしょ!?さっきのチーズケーキもいいけど、やっぱり〆はお団子でしょ!」
そう言うとまたお団子屋さんのショーウィンドウに張り付く姫。
このままじゃ埒があかないんで、僕は姫を連れて店内に入った。
「もぅ!一つだけだからね。」
やった!って顔の満面の笑み。
男って生き物は馬鹿だよね。こんな顔見させられたら、怒るに怒れない。
「なぁ~三十郎。二本じゃ、ダメ?私にはどうしても御手洗か抹茶のどちらか一つを選ぶ事は出来ない。だから、ね?市杵嶋 姫命、一生のお願い!」
くっ!可愛く言うじゃねぇーか。コイツ、多分僕のツボを心得たな。
ウッカリ頷きそうになるけど、ここはグッと堪えなきゃいけないところだ。
「ダメ!一つだけ。一つにしなきゃ買わないよ。」
まるで小さい子を諭す父親の様に、そう突っぱねる僕を、更に恨めしそうに見る姫。
「鬼だな、三十郎。さっきは私を幸せにするって言ったのに、あれは嘘なの?あぁ、騙された。幸せにするなんて、所詮はうそつきな男のいい訳でしかないのね。可哀想な私。」
なんだか僕が凄く悪者になった感じ。
周りの人の目が、可愛い彼女にダンゴの一本や二本黙って買ってやれよ!そんな風に訴えている様に見える。
仕方ない、ここは二本注文するか。
「すみませーん、御手洗と抹茶ください。」
そう言うと、さっきまでの恨めし顔は何処へやら。急にご機嫌になる姫。
「三十郎~。お前は意地悪だな。」
だからそんなに笑顔を振りまかないでくれって!惚れてまうやろ!?
代金を渡し商品を受け取る僕。
「どっちが食べたい?」
そう尋ねると勿論両方と答える彼女。
だが、さすがに二本は食べ過ぎなんで、半分こする事を提案すると、渋々ながら承諾する姫。
「じゃあ、私は御手洗2個先に食べるから、三十郎は抹茶を先に2個食べていいわ。」
言われるがままに僕らは団子を食べる。
お金を出して購入したのは僕なのに、何故か言われるままなんだよな~。
美人て怖い。
二個食べ終えると、残り二個刺さった櫛を互いに交換する。
値段が高いだけあってとても美味しいお団子で二人とも大満足。
「ねぇ、これって、さ、噂に聞く関節キスってやつ?」
どこでそんな事覚えたのか尋ねると、やはり情報元はananらしかった。
そんな事まで載ってるのかいanan!?
anan恐るべし!
全然そんなこと考えてなかったんだけど、急な指摘にドキドキしてしまう僕ら。
今度こそはぐれてしまわない様に。
僕らはそっと互いの手と手を繋いで、小町通りを北に歩いた。
途中短冊を見つけた僕らは、二枚譲っていただくと、互いに思い思いの願いを描いて、通りに飾られた笹にそれを結びつけた。
神様が願い事ってさ、少しおかしいけど、姫は一体どんな願い事を書いたんだろうか?
神様にも願い事ってあるのかな?
僕は今書いた自分の短冊を眺めながら、そんな事を考えていた。
”この幸せな時間が、いつまでも続きますように!” 三十郎
それが僕が書いた願い事だった。