疑問と答え
少し前のやり取りがまるで嘘の様だ。
たい焼きを食べてご機嫌になった姫と、カートを押しながら店内を隈なく物色していく僕。
傍から見たら、さしずめダメ亭主と鬼嫁といった構図であろうか?
「三十郎、たい焼き美味しかったな!で、今夜の夕飯はなんだ?」
女の子っていうのはみんなこんな感じなのか?
幾ら何でもエンゲル係数高めじゃないか?
まぁ、僕は母を見て育ったからそこまで衝撃は受けないけど、育ち盛りだからなのかな?
女の子がどれくらい食べるかなんて僕にはわからない。人間年を取れば、摂る食事の量は少なくなっていくと思っていたが、母と姫を見る限りその兆候は見られない。
不安だ。
段々と不安になってきた。
何が不安かって?
自分の将来に・・・だ。
例えば僕が就職し、月に18万円のお給料があるとする。
葛城家の月の食費で考えると、家族三人で現状9万円掛かっている。これは外食費含めない金額だ。すると残りが9万円の訳で、ここから光熱費・水道代・家賃やマイカーローンなんかを差っ引くと、確実に赤だな。
と言う事はだ、勿論お小遣いなんか貰える訳もなく、ただひたすらに毎日馬車馬の如く働くだけの日々って事であろうか!?
嫌だそんな生活!!
耐え切れん!!
食っていくのは、ひょっとして生きる事よりも辛いのかもしれない。
でもちょっと待てよ。
よく考えてみたら、葛城家の大黒柱である葛城十三氏はこのえげつなき地獄の中でも、僕らを食わせていく為に必死に頑張っているじゃないか!?
普段は痩せっぽっちで、どこか頼りなんさげでアイドル好きなあの父さんがだ!
僕と樹里亜(40歳)を養っていく為に、この混沌の中に身を置き、動乱の中で日々の糧を求め粉骨精神、玉砕覚悟で頑張ってくれている。
いかん!急に眼頭が熱くなってきた。
僕は生鮮食品コーナーの、特売お刺身盛り780円を手にすると、それをカートの買い物かごの中に入れた。
母、樹里亜は完全なる肉食だが、父サーティーンは魚を好む。
いつも母親の好きな食べ物が、葛城家の食卓には際立つが、今日くらいはいいよね?
今日くらいは父の好きな純日本食にしよう。
もしも母に鉄拳制裁された時は、潔くそれを受け入れよう。
そう心に誓った。
やはり父親って言うのは偉大な存在だ。
例えそれが時より母にプロレス技を掛けられていても、だ。
いつかは僕もその偉大な背中を越えて行かなければならないんだと思うと、少しだけ不安になる。
僕はここがスーパーの生鮮食品コーナーという事も忘れ、凄い妄想の中そこに立ち尽していた。
「大丈夫。三十郎の未来は私が守るから!」
僕の肩にそっと右手をのせて、優しく微笑む姫の顔に心臓がとてもドキドキしたが、その左手にはデザートコーナーに置かれていたであろうチーズケーキが顔をのぞかせていた。
話を混ぜっ返す様で悪いが、女の子って言うのは皆こうなんだろうか?
母が母なんで然程ビックリしないけどさ、もっとこう、ね?なんかあるんじゃないの!?
僕がいつも読んでいる漫画に出てくる様な女の子達って言うのは、やっぱり存在しないんであろうか?
若干涙目の僕に、姫が優しく諭してくれる。
「三十郎、その目に映るものが全てじゃないんだよ。今はまだその瞳に穢れたモノが見えにくく、映らないかもんしれない。いや、映っていたとしても無意識のうちにそれらを排除し、無いモノと認識しているに過ぎないのかもしれない。人間誰だって醜いものから目を背けたくなるもんだからね。」
すっかり忘れていたが、こんなんでも姫は神様だ。
その言葉に自然と耳を傾けてしまうのは、人々が崇める神ゆえなのかもしれない。
姫は言葉を続ける。
「子供の時間を過ぎた時、三十郎はこの混沌と言う名の穢れが渦巻く海の中、先の見えない航海を続けて行く事となるだろう。でも不安になる必要はない。そんな混沌のだだっ広い海にもオアシスと呼ばれる幾つもの島が存在している。そのオアシスは人によって捉え方も見え方も異なる。今の三十郎の心にあるもので例えるなら、それは彼女であり、人生の伴侶であり、家族なんだと思う。お前がそれを望み探し求めるのであれば、必ずそれに辿り着くだろう。私もまだまだ未熟ゆえ、特別な道を示してやることは出来ないが、お前が不安を感じなくなるまで、私は三十郎を照らす灯台の明かりとなろう。」
ここがスーパーの生鮮食品コーナーじゃなければどれだけいい場面だったであろうか。
不覚にも若干涙が出た。
と同時に、ソレを聞いていたであろう人達からいつの間にか拍手の渦。
「えぇ話やわ~。俺りゃ~久々に感動したわ。兄ちゃん、会計済んだら店の裏に回りな。特別に仕入れたばかりの新鮮な鰤持たしてやるからよ!それとそのカゴの中の刺身半額シール張ってやる!」
買物に来ていたおじさんやおばさん達も感極まって涙ぐんでいる人達が多々いる。
「綺麗ごとばかりの世の中じゃないけど、頑張っていきなさい!」
そう励ましてくれる人達。
やはり姫は神様なんだ。
彼女の言葉は、僕ら人間の小さな心に大きく響いた。
混沌。
初めて経験する混沌の中、ありがとう!とよくわからない言葉を皆に掛けながらその場を後にし、レジに向かう。
会計中に気が付いたんだけど、さっき姫が持っていたチーズケーキがカゴの中に入っていたので姫の方を見るとにこやかに笑う。
「私のありがたい説法と、お前を導く灯台の明かりの電気料の一部と考えてくれ。」
・・・やられたよ。
今日何度目の疑問かわからないけど、女の子って言うのは皆こうなんだろうか?
スーパーを出た僕らは先程魚屋の大将に言われた通り、店の裏に回ると鰤やイカ、サザエなんかも持たせてくれた。
「また来いよ!そん時はサービスしてやっからな!」
そう言って僕らに手を振り見送ってくれた。
荷物を持って黙々と歩く僕の背中を一つ叩くと、姫が言う。
「小さな出来かもしれないけど、これも混沌の海の中で見つけた小さなオアシスだ。」
笑顔でそう言う姫。
「三十郎、まだまだ浅瀬だけど、お前はもう混沌の海の中に船を浮かべているんだよ。それは人だけじゃない。この世に生を受けた全てのものに言える事だ。生まれた時から皆もう混沌の海に放りだされているんだ。そして命ある限り船を漕ぎ続ける。行先も、たどり着く場所も人それぞれだけど、人は皆生まれた時から旅をする定めなんだ。自分なりの未来を見つける為に、もがけ。」
そう言うと僕が持つ荷物の一つを奪い、あっけにとられた僕を横目に歩いて行く。
さっきまで何度も抱いた疑問。
「・・・多分、女の子は皆そうじゃないんだな。」
そんな事をぽつりと呟くと、姫から声が掛かる。
「おーぃ!何してるの?早く行こうよ!」
その言葉に手をあげて答えると、僕は足早に彼女を追った。