胸の内
姫と二人並んで歩く。
今まで経験した事ない事だけどさ、いいよな~こういうの!
素敵な女の子と二人で買い物とか。なんかもう色々通り越して、気分はまるで新婚さんじゃないっすか!?
若干テンション高めで、僕らは家から一番近いスーパーに到着した。
到着と同時に店内に入れたのは凄くラッキーだ。
なんせ季節はもう夏。いくら7月初旬とは言え暑いんです。
家から一番近いと言っても、ここまで約1キロ位ある。春や秋ならまだしも、夏の1キロは本当に厳しい。
現に額に薄っすら汗を掻いたくらいだ。
姫はどうなんだろう?
そう思って彼女を見るが、とても涼しい顔をしている。
「姫はさ、夏って平気?僕は少し苦手なんだ。」
そう尋ねてみる。
「まぁ私の場合は神様だからというか、特殊だからな。社の中は一年中殆ど温度差はないし、そもそも私に暑いだの寒いだのって言う概念がない。そう言った事があまり気にならないんだけど、三十郎の様に身体全体で季節を感じる事の出来る人間を、私は少し羨ましく思う。見た目なんかは神も人も大して変わらないのにさ・・・。あ~ぁ、なんか少し不公平だ。神様のバカぁ。」
僕はちょっと吹いてしまった。
「姫、面白いこと言うね!自分だって神様だろ?なのに神様のバカって!それって自分で自分をバカにしてるって事じゃないの?」
クスクスと笑いが止まらなくなった僕を、少し怒った目で見る姫。
「三十郎、お前は望んで人間に生まれて来たのか?自分の意思で、自分で決めて人間としてこの世に生まれて来たか?違うだろ。それと同じで、私も望んで神に生まれてきた訳ではない。神の子として生を受け、神として育てられ、神として今ここにいる。出来る事ならば私も人間として生まれて来たかったよ。」
いつもの姫ではなかった。
「わかるか三十郎。神と言うのは生まれたその時からその使命を終える日まで、人間の願いを、想いを一身に背負って行かなければならない。そのプレッシャーがどれだけのものか、人間のお前に想像がつくか?あるものは願いが叶わない事を私のせいにして蔑み、またあるものは罵声を浴びせる。社に嫌がらせをする輩すらいる。私達も万能ではない。出来る事と出来ない事があるんだ。お前たち人間は困った事があるとすぐに私達神に縋る。嫌な事など、私達神である存在にぶちまければ心が軽くなるのかもしれない。じゃあ私達神の愚痴は誰が聴いてくれる?私たちの願いは誰にお願いしたらいい?」
姫の口から零れた言葉は、僕には想像がつかない位とても重い言葉。
それは神であるが故のプレッシャーで、僕なんかではその胸の内は計り知れない。
どう返していいのか分からず、完全に言葉を失ってしまう。
僕はなんて自分勝手なんだろうか。
無理な願いを勝手に神様に背負わせて、自分では努力もせずに高みの見物。
今更ながら自分の愚かさに気が付いて、姫の顔をまともに見ることが出来ない。
「すまなかった姫。僕は自分が恥ずかしよ。人間と言うのはなんて欲深く、自分勝手な生き物なんだろうね。自分の都合でしかものを考えられない。人として、いや、人間の代表として心からお詫びしたい。僕は君の様な崇高な存在じゃない。一人の愚かな人間でしかない。でもね、今みたいにこうやって君の話を聞く事は出来る。これからは一人で抱え込まず、なんでも僕に話して欲しい。出来る限りの事をしたいと思う。」
そう言って姫に深々と頭を下げる僕。
「私の方こそすまない。少し感情的になってしまった。神である私がしていい話ではなかったな。三十郎、お前に初めて会った時から思っていたが、こうやって言い合える存在がいるって言うのは嬉しいもんだな。やはり私は人間が少し羨ましいよ。」
神様と言うのは、昔から人と密接にありながらも、本当はとても孤独な存在なのかもしれない。
「なぁ三十郎、このままじゃお互い気まずいままの気がする。そこで提案なんだけど、あそこに売ってるタイ焼きなるものを一つ買ってくれ。それで手打ちって事でどうだろうか!?」
ほんの少し前まで真剣に色々考えて反省した自分がバカらしく思えて来た。
「・・・ひょっとしてこれを狙ってた訳じゃないよね?」
渋々財布から100円玉を取り出すと、ぼくはたい焼きを一つ購入しながら姫に尋ねる。
「こうやって人は神を信じなくなっていくんだな・・・。悲しい世の中だな、三十郎。」
少し寂しそうにそう呟く姫。
「あーもう!わかったよ!僕が悪かったって。ほら、たい焼き!」
そう言いながらたい焼きを姫に手渡す。
「わーぃ!たい焼き!」
なんだか少し騙された気もするけど、まぁいいか。
たい焼きをほお張る姫を見ながら、引き続き買い物をする僕らだった。