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わがまま侯爵様のお気に入り。  作者: ちわみろく
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苦労性指南役のお気に入り。

姿を現したセイラの弟。

似ているのに似ていない、彼の弟と出会います。

 翌朝自分の部屋フラットへ戻る道すがら、軽く買い物をしようとドラッグストアへ立ち寄った由良は、ストアの出入り口に気を配った。

 監視がついていることに気がついたのはかなり前の事だったのだが、見ているだけで何もしてこないし、由良の生活を脅かすようなこともない。ロンドンで暮らし始めた頃はずっとついていたその監視らしい人間も、日を重ねるに従って、三日に一度、週に一度、やがてはひと月に一度くらいに減っていたのだ。

 この国に到着したばかりの頃、南海岸で大暴れしてしまったために警察かなんかの監視がこっそりついてしまったのだろうかと、そんな風に思い、警戒して出来る限りおとなしくしていた。その甲斐あってか、監視は減って行ったので由良はそれほど気にしてはいなかった。

 だが、このひと月余りは毎日のように監視されているのが肌に突き刺さるように感じられる。尾行する人数も増やしているようだった。

 まさかそれがセイラの弟のせいだとは夢にも思わなかった。

 コーヒー豆や紅茶の葉を選んでいると、否が応にも気がついてしまう。客に紛れているが、由良にはわかる。

 おかげで近頃は朝のジョギングを休んでいるのだ。人目の少ない早朝を走るのは危ないとセイラに釘を刺された。仕方ないので、行きつけのジムのマシントレーニングで済ませている。少しばかり苛々してしまっている顔で商品棚の前で立ち尽くす由良を、彼女の級友が見つけた。

「ハイ。由良じゃないの。買い物?」

「お早う、ジュディス。そうなんだ、ちょっと切らしちゃってて・・・。」

 語学学校の級友でハンガリーからの留学生だったジュディスは、由良と同じ中級の生徒だ。年齢も一緒で、学校でよく一緒に行動する。栗色の髪が天然パーマでふわふわとしていて、色白の頬に浮かぶそばかすと薄い緑色の瞳がキュートだった。彼女の下宿先もこの近くで、学校以外も会うことが多い。

「あの素敵な店長さんに譲ってもらえばいいじゃない。・・・ね、彼氏なんでしょ、あの人。」

 ジュディスは由良が勤めているカフェに何度か来たことがある。そのためセイラとも面識があるのだ。

「うん、まあ、そうかな。彼氏と言えばそうなのかな。」

 照れたように顔を赤らめる由良が可愛らしくて、ジュディスはニコニコしながらも追及の手を緩めない。

「つきあってどのくらいになるの?週に何回くらいデートする?」

 この手の話が大好きな級友に、まさか今が彼の部屋からの帰りだなどとはとても白状できそうもなかった。根掘り葉掘り色々と聞かれるのはわかりきっている。

「やだなぁ。そういう話は、また今度にしようよ。朝からそんなの言えないよ。」

「それもそうね。じゃあ、週明けに学校で会いましょう。」

 忙しそうなのを察したのか、級友はさっさと店を出て行った。軽く溜め息をついて、由良もその後を追うようにドラッグストアの出入り口をくぐる。結局何も買っていない。

 ジーンズのポケットに入れた小さな武器を片手で軽く振れて確認する。昨夜、出来れば使わずに済ませて欲しいと、念押しされて手渡された武器だった。スィッチひとつで一メートル近い刀身が出力されるサーベルは、何かあった時のために彼がいつも預かっている。使いこなせるのは通常預かっているセイラではなく由良だが、しょっちゅう振り回されては困るので滅多に彼女に渡さなかったのだ。

 ・・・人様に余り迷惑をかけなくて済みそうな所・・・。

 多少の立ち回りをしても周囲への被害が少なくて済みそうな場所を探しながら、由良は早足で歩く。こんな街中で、路上でなにかあっては困る。

 セイラが出入り口のロックにやたら神経質になっていた理由がよくわかる。店で何かあっては大迷惑だ。営業妨害だ。損害賠償請求をしなくては。

 人気の少ない場所を探そうとしている由良の本意を無視したように、黒い背広の大柄な男性が詰め寄ってきた。尾行を隠そうともせず足を速めて由良の肩を叩いた。

「失礼だが、お嬢さん。ちょっとよろしいか。」

 昔、こんな映画を見たことがあるような気がした。黒い背広に黒眼鏡の二人連れがやってきて、何かを見せようとする、そんな映画があったかもしれない。

 声をかけられて仕方なく振り返った由良は、大柄な男の方が銃を持っている事に気がつく。肩の張り方でわかるのだ。小柄な男の方は、丸腰に思える。

 ・・・でも、本当に強いのはこっちの、小さい方だ。

「悪いけど、急いでいるんで。」

 断りの言葉を口にしながら再び歩き出そうとする。路地に、黒い地上車が止まった。由良の前方を遮るような駐車に、ぎくりとする。

「そうつれないこと言うなよ、お嬢さん。ちょっとお付き合いして欲しいだけなんだ。」

 黒塗りの大型車のドアが開き、後部座席から一人の青年が降りてきた。自信に満ちた声音がなんとなく鼻につく。

 濃紺のスーツを着たその青年は青い瞳で由良の方を無遠慮に凝視する。金色の巻き毛は襟足よりも短く切り揃えられていた。

「・・・あ、貴方は。」

 取り違えてしまいそうな程セイラにそっくりな青年の顔を見上げてそれ以上何も言えなくなる。

 昨夜セイラから聞いたばかりの彼の弟に間違いないだろう。外見は区別がつかないほどそっくりなのだと話していた。彼と間違われないためにも、セイラは髪を長髪のままにしているのだという。

 ・・・この人が、セイラの弟。ユーフューズさん・・・。

 突然の出現に狼狽しつつも、彼女の目は周囲に気を配ることを忘れない。由良に声をかけた二人と、セイラの弟、それにその車の運転手と思われる中年の男性が一人。武器を吊っていると思われる一番大きな男性は余り怖くなかった。怖いのは、その隣りの小柄な中年男。足音が他の人間と違うのだ。

 野次馬が寄って来ないように運転手と思われた黒服の男が通行人をさっさと行かせている。第三者の助けを頼れないようにするためだろう。由良は孤立させられた。

 背後にはテナントビルの壁があるだけで逃げ道がない。行く手の三方向全てを塞がれ、行き詰まる。

「何の用ですか。」

 素っ気無く言ってから、由良は肩にかけていた小さ目のショルダーバッグを地面に置いた。大して重いわけではない、着替えが入っているだけだった。

 近くまで歩み寄ってくる金髪の青年を睨みつける。青い瞳が品定めでもするように、由良の上から下までを眺めた。失礼な奴だと思った。

「セイラが大切にしている外国人の娘って、あんただろう。恋人なんだろうな、当然。」

セイラと違って掠れない声だ。やや神経質そうな印象を受ける高めの声音。

「何の話ですか。」

「ちょっとお付き合いして欲しいんだって、言ってるだろ。」

「お断りします。」

 にべもなく拒絶した彼女を、面白くもなさそうにもう一度一瞥すると、顎をしゃくって黒服の男達に指示を出した。

 もう駄目だろう。両側から由良に近付いて手を取ろうとする二人から離れる。さらに手を伸ばしてくるので、大柄な男の方の手首をつかんで思い切り背負い投げた。受身の取り方もしらないのだろうか、大柄な男は地面に叩きつけられて咳き込みながら呻いている。逆側から手を伸ばしてきた小柄な男からは、身をかわし、青年の後ろ側へ回った。

「へえぇっ・・・サムを投げ飛ばしたぞ、この娘。」

 感嘆の響きさえ感じられる言葉を放った青年の背後からまた身をかわして、車が駐車されていない側の道路へ逃げようとする。運転手が回りこんできた。手には銃を持っていた。

 ・・・こんな往来でまさか撃つつもりじゃないでしょうね!

 人目が有り、多くの人間が行き来している街中でよもや発砲はするまい。

 ポケットからサーベルを取り出して刀身を出した彼女は、運転手を一撃で地面に這わせる。そのまま走り逃げようとした瞬間、男の声が追い縋る。

「貴方が来ないのなら、先ほどの女性を代わりに浚ってもよろしいのですよ、ミス・・・。」

 ドラッグストアで会った級友の顔が浮かんだ。

「ハンガリーからの留学生でしたね?」

 小柄な男は、丸腰のまま由良の傍へ近寄ってくる。ジュディスを代わりに浚うと脅迫され、彼女の足は地面に凍りついた。

 持っていた武器をその男に没収され、仕方なく由良は両手を頭の上に上げる。抵抗の意思がないことを示さなければならなかった。

 金髪の青年が傍に寄ってきて、由良の顎を指で持ち上げた。横柄な態度が腹立たしい。

 ・・・同じ顔だって、こんなに違うじゃない。

「手間をかけさせてくれたな。ふーん、日本人っていうのはこういう顔をしているのか。」

 黙ってされるままに耐える由良は、先ほどの小柄な男が由良の身体検査をしているのに気がつく。ジーンズの逆のポケットに入っている通信端末を取り上げられた。

「なあ、ピーター。俺の親父をたぶらかした女もこんな顔だったのか。」

「いいえ。この女性は恵様とは似てません。」

ピーターと呼ばれたのは端末を見つけて取り上げた、あの強そうだと思った小柄な男だった。

「ふーん・・・。俺、気の強い女嫌いじゃないからまあいいや。」

 地上車のドアの向こうに引っ張り込まれた由良は、この大型の車がリムジンと呼ばれる車種であることに気がつく。最近の流行として、クラッシックな型のものが人気があるのだと聞いているので、なるほどな、と思った。

 頭を抑えながら運転席に座る男が、いやそうに由良の方を睨んでから進行方向を向いた。大きな男が腰を押さえて乗り込んでくると、黒塗りの車はセイラの弟を吸い込んで走り出した。


拉致られてしまった由良はどうなってしまうのでしょうか?

自力で脱出できるでしょうか?

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