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わがまま侯爵様のお気に入り。  作者: ちわみろく
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幼い公爵令嬢のお気に入り。

パーティーなんて、なんでやるんでしょうね?

 彼女にかしずいている水色メイドの一人が、こちらへ歩み寄ってきた。

「セイラ様でいらっしゃいますね。・・・控え室へおいでくださるようユーフューズ様から伝言を受け取っております。どうぞ、ご案内いたしますので。」

 思わず侯爵夫人の方を振り返る。彼女は鷹揚に微笑んでいるだけだった。言われた通りにしろ、ということだろう。静流とシャーリーに手を軽く振って合図すると、水色メイドの後について歩く。

 会場を出て廊下を歩き言われるまま促された控え室へ通される。

 俯きながらもドアをくぐったセイラは、軽やかな声音で挨拶する言葉に顔を上げた。

「はじめまして、セイラ様。本日のお相手よろしくお願い致します。」

 セイラのタイの色と合わせて赤いミニドレスを身に纏った可憐な少女だった。その赤が、赤毛の髪とうまく揃っていてまた粋に見える。アクセサリーを金に統一しているので、一層きらびやかで、しかも可愛らしい。低めのハイヒールも金色だ。明るく微笑む小さな顔はとてもキュートで、メイクをしていてもうっすらと見えるそばかすがさらにチャーミングだった。

「・・・はじめまして。」

 由良よりも若いのではないかと思わせる少女に、愛想良く微笑み返す。例えこの少女が侯爵の選んだ縁談の相手だとしても罪はない。セイラは出来る限り丁寧に応対する。

「アンジェリカ・メイフェア・ランカスターです。ランカスター公爵の三女ですわ。どうぞ、アンジェとお呼びください。」

「では、僕の事もセイラと呼んで下さい。・・・自己紹介が必要ですか?」

「いいえ。ティル侯爵家の事は全てうかがっておりますわ。どうぞ、お気遣いなく。どうぞこれからよろしく、ユーフューズ様のお兄様。」

 天真爛漫に微笑むアンジェリカが、気安くセイラの腕に自身の腕を絡ませる。

「・・・僕と一緒に会場へ入れば僕の婚約者だと来賓の方々に認識されますよ。僕は侯爵の妾腹の子に過ぎない。それでいいのですか?」

 茶色の目を一瞬伏せた後、再び視線を上げた小柄な姫君は再び微笑んだ。

「あら、随分とつまらないことを仰るんですね。ユーフューズ様のお兄様は、もっと面白いお方だと思っていましたのに。」

 金色の眉を顰めたセイラが、訝しそうに目の前の赤毛の少女を見る。

 見た目とは違う何かを秘めているような気がして、探るように凝視してしまった。青い目が細められる。

「おいくつなのか、うかがっても?」

「14歳ですわ。」

 やはり、セイラより一回り近くも年下になる。

 こんな年端も行かない少女を政略結婚の駒にするなんて、呆れてしまう。下手なことをしたら、セイラのほうが訴えられてしまうではないか。

 顔には出さず、冷や汗をかく思いだ。腕に絡められた小さな手を意識しながら、仕方なくセイラは彼女を伴って会場へと足を進めた。

「失礼ですが随分とお若い。僕には勿体無いお相手です。」

「勿論、そうですとも。うふふ。ですから、おかしな真似はおよしになってね。」

 

 セイラが姫君を連れて会場に戻ったときには、既に会場がざわついていた。人だかりの中央に、一組のカップルが立っているのがわかる。

「ご来場の紳士淑女の皆さん、本日はお忙しい中ようこそおいでくださいました。ティル侯爵家当主、アーサーでございます。」

 張りのある声が場内に響いて大きな拍手が起こった。

 まったくもってセイラの弟はこういった派手なことが好きだが、好きなだけに場慣れている。多くの人の前で少しも臆することのない堂々とした振る舞いが立派だ。招待客がどんな著名人であろうと少しも動じない。

「おいっセイラ。お前、遅かったじゃないかっ!」

会場の入り口に立ち尽くしていたセイラに、慌てて歩み寄ってきた静流が耳打ちする。

「侯爵様はさっき会場に現れたんだぜ。見ろよ、あのスターみたいな態度。」

「ああ、そうだね。ユーフューズにはこういう事がとても向いているよ。凄いや。」

「ん?こちらのお嬢さんは?」

セイラの傍らに立っている小柄な少女に気がついた静流が尋ねると、彼女は品良く挨拶をしてくれた。

「本日よりティル家の嫁ぐ事が決まりましたアンジェリカと申しますわ。セイラ様、こちらの方は?」

「シズル・サワタリ。僕の叔父です。」

「・・・お、おう、失礼しました。はじめまして小さなレディ。ご機嫌いかがですか。」

「大変結構ですのよ。今日はこのパーティーをとっても楽しみにして参りましたの。」

「と、嫁ぐって・・・。」

「ええ。婚約いたしますのよ。」

 ほほ、と手を口元にあてて上品に笑ったアンジェリカに、それ以上何も言えなくなった静流は甥っ子を睨みつける。

「・・・セイラ・・・」

「僕に何か言えることがあると思うのかい?」

 困ったように苦笑を浮かべている金髪の青年に、それ以上静流も何もいえなかった。

 ・・・このお姫様、どっかで見たことがあるような気がするんだが・・・。俺の気のせいかな。

 ロイヤルファミリーに匹敵する貴族の娘なのだから、どこかのメディアで報道されていたことがあるのだろう。それを見たことがあるのかもしれない。ユーフューズだって、一時期は騒がれたものだ。独身のイケメン侯爵とかなんとかで、あちこちに顔を売っていた。

「今日は私の婚約者を披露するためにお集まりいただきましたが、もう一人皆様にご紹介したい方が会場に来ているのです。」

ユーフューズの声が聞こえた。再びどよめく場内に、セイラはぎくり、と肩を震わせた。

 予測していたのか、いつのまにかこそこそと傍から消えている叔父は会場の隅の方へ逃げ去っていた。舌打ちをしたい気持ちで、そっちを睨んだ後に、仕方がなくセイラは笑顔を顔に貼り付ける。ユーフューズがこちらを手で指して、高らかに告げた。

「義兄のセイラが、先年に帰国いたしました。どうぞお見知りおきを・・・!」

 心の中でひいっと悲鳴を上げながら、セイラは再び強張った笑顔を作った。

 ・・・こういうのが嫌だったんだよ僕は。だからバーティーなんか出たくなかったのに!

 人が列をなして若き侯爵の行く手を作る。堂々とした足取りで連れの女性の手を引きながらセイラの方へ歩いてくるユーフューズは満面の笑みを浮かべていた。

 ・・・あの女性が、ユーフューズの婚約者か。

 弟の婚約者になど興味はないが、無視するわけにはいかない。きちんと挨拶をしなくては侯爵家の恥になる。

 ユーフューズの隣りを歩くブルーのドレスの女性に目を移すと、その女性はブルネットの短い髪に大振りのイヤリングをしている。どこかで見たような面影だった。

「・・・嘘でしょう・・・!?」

 ドレスを着飾って化粧まで施した由良を見たのは初めてだ。

 この一週間探し続けた恋人が、弟に手を引かれてゆったりとこちらに歩いてきていた。



 侯爵が会場入りする少し前。

会場の喧騒が廊下まで聞こえてくる。高鳴る胸の鼓動をどうしていいのかもわからない。

「やっぱり無理だよ。・・・私にこんなの絶対無理だ。」

 肩を竦めて猫背になった由良は不安にかられて頭を抱えてしまう。いつも髪をぐしゃぐしゃするセイラの気持ちが少しわかる。

「こら、せっかくセットしたのにいじるな。」

 絹の光沢が美しいスーツの襟をきちんと整えてから、若き侯爵がさっと左腕を出した。きりっと整えた金の巻き毛が凛々しく、整えられた眉が美しい。スタイリストが上から下まで完璧に仕上げたユーフューズの見た目は素晴らしかった。俳優と言ってもいいくらいに綺麗だ。

「緊張して、まともに歩けないよ。」

 震える手で差し出された侯爵の腕に触れる。

 自信に満ちたあの表情で、ユーフューズは由良に笑いかけた。いつだったか、誰かが差し出した端末の中で微笑んだあの傲慢な程の笑顔。セイラにそっくりだけれど、絶対に別人であると言い切れるほど、彼とは違う笑い方。

「お前、スポーツの選手かなんかだったことあるだろ?」

「あ、うん。昔ね。」

 由良は元々剣道部員だった。一年生でありながら上級生を押しのけて選手となるほどの実力者だったのだ。

「試合に出るとき、そんな猫背で勝てるのか?相手にプレッシャーを与えられるのか?勝ちたかったら、堂々と胸を張って出場するだろう?」

「だけど、こんな・・・。」

「他の客は、ただのジャガイモだよ。お前が試合会場にいるとき、観客を気にするか?対戦相手だけが、お前の目に入るんじゃないのか?」

 道場の緊張感を思い出す。・・・そして、大きな武道場の大会を思い出す。板の間のライン、審判が上げる旗、竹刀がこすれる音と竹の匂い。会場を揺るがせる気合で挑むあのたまらない感触。心を沈め、集中力を高めるために息を詰め、深く呼吸する。

「おう、いい顔になったぜ。さ、行こう、愛しの彼に会いに。・・・心配すんなよ。ここで一番エライのは多分俺だ、ホストだからな。その俺の連れに声をかける勇気のある奴はそうはいない。誰かに何か言われても、答えなくてもいいんだ。基本的に地位の低いものから高い者へ話しかけるのはマナー違反だからな。」

「ひええ。社交界ってのは恐ろしいところなんですね。」

「お前が向かう相手はたった一人だ。何も気にしなくていい。わかったか?」

 胸を張って顔を上げた由良はユーフューズの左手にもう一度しっかりと手を絡ませて頷いた。

「アンジェ様は?」

「今頃は兄貴の所だろ。・・・妬くなよ。」

「妬きませんよ。」

 ユーフューズの衣装と合わせてブルーのドレスを身に纏った。彼のシャツの色と合わせてある。首回りを隠すホルターネックだが、両肩は露出している。出来る限り傷を隠すデザインを選択したためにそうなってしまった。スカートのスリットが右に入っているのは、左大腿部の傷痕を隠すため。

 化粧と言うものは顔以外にもするのだという事を初めて知った由良である。全身の肌の露出する恐れのある場所全てに薄くファンデーションを塗られた。吹き付けられた香水の匂いで鼻が麻痺してしまっている気がする。入念にセットされた髪型と、時間をかけてメイクされた顔でゆっくりと微笑んだ。

 対戦相手は、セイラと、・・・もう一人。

 それを思えば緊張さえ心地よく思えてくる。そう、勝負ごとにしてしまえば負けるわけには行かないのだ。

「いいね、今のお前は最高だ。そういう格好も案外似合っているぜ。口説きたいくらいだ。」

「口説いてもいいですよ。なびきませんけどね。」

 そんな余裕のある返しが出来る。

 にやりと笑ってユーフューズが会場に入るドアを押した。


「由良ちゃんっ・・・!!」

 自分が公爵の姫君を連れていることなど完全に忘れた。ここがどこなのか、周囲にたくさんの人がいることとか、そんなこと全て意識から消えていた。

 彼女の顔を見ただけで全てが吹っ飛んだ。

 悔しいけれど、今日の由良は今まで見た中で一番美しかった。さぞかし時間と手間をかけて仕上げてもらったのだろう。全身に化粧を施し、オーダーメイドのドレスを着てモデルのように堂々と顔を上げて歩く彼女は本当に綺麗で、これが、あのいつもの着古したシャツと破けたジーンズを穿いてスッピンで笑っている彼女と同一人物なのかと疑いたくなる程だった。

 それでもセイラが由良を見間違うことはない。その証拠に、由良はセイラの姿を見つけた途端にうっすらと頬を染めたではないか。

 アンジェリカの手を振り切って彼女の所へ駆け寄る。

 あっという間だ。由良の手を取っているユーフューズからさっと奪うように彼女を浚って両手で抱え上げた。

「由良ちゃんっ!由良ちゃんっ!由良ちゃんっ・・・!やっと、やっと会えた!!」

 両脇に手を入れて高く持ち上げて振り回す。辺りかまわぬその行動にユーフューズも、静流も、アンジェリカも、・・・勿論周囲の招待客たちも呆然と見つめているだけだ。

「セイラっ!駄目、そんなに回さないで、酔っちゃうよ!やめてやめて!皆、見てるよっ!恥ずかしいよ・・・!」

 由良が泣き笑いのような顔でそう喚くと、やっと我に返ったのか、セイラは彼女を床にそっと下ろした。

 床に足がついた途端、立ちくらみを起こしてふらつく彼女をしっかりと支える。本来はこの程度のことでふらつくような由良ではないが、今の彼女は普通の身体ではないのだ。

「ごめん・・・大丈夫?」

「・・・うん、少し、くらっと来ただけ。」

小声で僅かな会話をすると、周囲を見渡す。

 ざわつく場内の雰囲気がやや不穏なものに変わりつつあった。

 ホストである侯爵が連れていた女性をまるで力付くで奪い取ったかのように見えるセイラ。セイラ自身が連れていた公爵令嬢も、由良を連れていた若き公爵のことも全く無視して起こしたこの行動は余りにも浅はかだった。

 妾腹の兄が正式な侯爵の婚約者を目の前で奪ったように見えた今の寸劇は、日頃退屈している貴族の奥様、お姫様方に取って格好の噂の餌食だ。侯爵家内がうまく治まっていない事を意味するのは、対外的にもよろしくない。非常識な二人を非難、もしくは糾弾しそうな周囲の圧迫から由良を守ろうと、セイラは彼女の前に立って言葉を告げようとした。

 大きな拍手の音が唐突に響いた。

 それは、ユーフューズその人の手から発せられた音だった。

 恥をかかされたと言ってもいい状態の彼は、会えて場内に響くような大きな音で拍手をしている。その顔には先ほどと同じ、自信に満ちた笑顔が浮かんでいた。

「皆様、お静まりください。わが兄は大変な情熱家なのです。久しぶりに顔を合わせた婚約者に会えた嬉しさで周囲が見えなくなってしまったようで、大変失礼をいたしました。どうか私に免じてお許しください。・・・この会場で、互いの婚約者を紹介し合おうという予定だったのですが、彼は愛しの婚約者の顔を見て嬉しさの余り抱きしめることを我慢出来なかったのです。・・・彼は長いこと外国に暮らしておりましたために、かの国から生涯の伴侶を見つけて連れ帰りました。どうぞ、皆様、兄をお許しください。」

 とんでもない解説を入れるユーフューズ。

 恥ずかしさの余り赤面するセイラと由良は穴があったら入りたい思いだった。

 こんなにも多くの人の前で言いたい放題言われ、しかも、セイラが長年外国にいたくだり以外は殆どでっち上げである。彼の恋人を連れ去ろうとしたのは侯爵家の方だった。

 にやにやと笑ってざわつく場内を見渡した後、二人を見たユーフューズは、再びにやっと笑ってみせる。

 ・・・覚えてろ!

 結果として恥をかかされたのはセイラのほうだ。

 これではまるで子供っぽい独占欲で周囲が見えない兄を、理解ある弟が寛大に許しているかのように見えるではないか。

「・・・恥ずかしいけど、また会えたね、セイラ。」

 彼の腕を両手で捕まえるようにして引っ張った由良が、赤面したままそう言った。

「どこで、どうしていたの。君は。」

「ユーフューズさんが、パリで私を捕まえたの。婚約披露パーティーには必ず会わせてやるから、言う事を聞けって言われて。下手に英国に戻ってもまた追い出されるのが関の山だし、かと言って日本に戻ったら簡単には探し出せなくなるって言われて・・・。ずっとアンジェ様の付き添いみたいなことしてた。」

「・・・じゃあ、アンジェリカ嬢の本当の婚約者は、ユーフューズなんだね?」

「そうみたい。凄く仲良しだったよ、あの二人。」

「・・・これだけ恥ずかしい思いをさせられたけど、おかげで君と会えた。感謝すべきなんだろうな、僕は彼に。」

「仲直りしてくれるよね?」

 恥ずかしそうに、でも小さく頷くセイラを見て由良は嬉しくなった。

 会場の隅っこの方でこっそりとこちらをうかがっている静流とシャーリーがちらちらと見える。安堵した表情だった。由良が無事だったことを喜んでくれている。

 寛大で理解ある若き侯爵を褒め称える言葉があちこちで聞こえる中、二人はどうにも恥ずかしく、気まずい思いをしながらも静かに寄り添っていた。

「そのようなことを認めるわけにいきませんね。・・・侯爵家に相応しいのは、貴族の娘と決まっているのですよ。たとえそれが妾腹の子だとしても、そのような異国の娘を侯爵家に入れるわけには参りません。まして、その娘は傷害罪や精神疾患の疑いがあるのですよ?断じて認められません。」

 おっとりした声音だが反対を許さない厳しい内容の言葉を告げたのは、車椅子に乗ったユーフューズの母、前侯爵夫人のヘレンだった。


 

仲を良くしてほしい兄弟と、仲を認めて欲しい恋人と。

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