ベンの過去
ベンはいつものようにバスに乗り、学校から帰った。家で待っているのは、母と妹のクロエだ。
父は母と別居中で、母は女手一つでベンとクロエを育てている。
母は画家とフリーライターを兼行しており、かなりのやり手だ。忙しい身であるにも関わらず、子供とのスキンシップは欠かさなかった。そのうえ家事を怠ることなく、仕事とも両立させていた。正に母の鑑だった。
クロエは病気で学校に行けず、自宅療養している。どんな病気なのかベンは知らなかったが、始終ふさいでいるクロエをみると、よっぽど辛いとみえる。頭痛でベッドに臥すことも少なくなかった。
家に着いたベンは玄関のドアを勢いよく開けた。
その瞬間、異臭が鼻をついた。鉄のような、いや、血のような。
家の中で何かが起こったのだと、ちらと頭の隅で考えた。
そして確かめようと一歩家に入った時。ドンッと重い音が。
今まで直接聞いたことはなかった。しかしそれが何の音か知っていた。確か昨日テレビで聞いたっけ。警察に追い詰められた犯人が、それを取り出して。銃の音が響いた。
逃げなくちゃ。一刻も早く警察へ知らせに行かなくちゃ。
だが、もしかするとテレビの音量が大きくてたまたま銃を撃ったシーンの音が聞こえてきただけかもしれない。そうであることを期待して、ベンはリビングに向かった。
足音をたてずに、リビングにたどり着いたベンが見たのは。
母の死体。
クロエの死体。
そして、それらの傍らに立つ父だった。息を荒くして、拳銃を右手にぶら下げている。
クロエは血だまりに倒れていて、胸には包丁が。母も額に穴をあけて、広がっていく血だまりに倒れていた。
父が振り返りベンに気付いた。拳銃を隠して、向かってくる。
「よお、ベン。久しぶりだな。大きくなったな、おまえは」
かすれた声で、ベンは言った。
「父さん。母さんとクロエは…」
「心配ない。二人とも演技をしているんだ。すぐに起き上がるさ」
嘘だ。
「じゃあ、右手に持っているのを見せてみてよ」
「ばれてたか。見抜いたご褒美として、お前に教えてやろう。これは、こうやって使うんだ」
銃口がベンの額に当てられる。そして、父は撃鉄にかけた指に力を込めた。
さっきと同じ音がして、天井に穴があいた。
ベンが父を殴り倒したから。放り出された拳銃を、ベンは思い切り蹴とばした。
起き上がった父はベンを睨む。まるで獲物に噛みつかれた狼のように。
父はそばのキッチンからすばやく包丁を取り出し、ゆっくりベンに近づいた。
ベンの過去パート1。