表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/3

#03:冬の終わり

降り下ろされる巨大な爪。

長剣よりも長いその凶器がなす攻撃は、斬撃というよりもすでに重機での破砕にこそ近い。

バックステップで回避、着地と同時に右に回り込みながらダッシュで間合いを詰める。

その俺を、追いついた淡い翠の光が包み込む。

回避力の微増+HPの持続回復(小)を付与するバフ。

後方で待機する相棒からの援護を背に、降り下ろすのは先の爪よりもはるかに短い剣。

だがその剣閃は、確かなダメージを刻み……


「しかしなんだろうな、このフィールドは?」


しばしの戦闘で倒しきった敵が残した鋭くも長大な爪を呆れ半分で眺めつつ。

ドロップした残りのアイテムを回収しながら呟く。


「ん~、今のところそれっぽい情報は出回ってないねぇ」


チェックを終えたゲーム内での公開チャットのログや、情報交換用の掲示板のウィンドウを閉じながら返したのは、ほっそりとした長身長髪の女。

肩には長弓を背負っているが、先ほど援護のバフを飛ばしてくれた精霊術師でもある。

盗賊兼業の魔術戦士の俺とは、もう結構な時間をなかなかバランスが悪い二人組としてパーティーを組んでいる。

ここしばらく、装備品作成に必要なレアドロップを求めて氷の洞窟に籠っていたので。

目先の違うどこかにリゾート気分で出掛けようかと相談していたのだが。

彼女が高位精霊術の触媒購入によく使っている、NCPの商店に立ち寄ったところで、イベントフラグが立ってしまったのだ。


『イベント神様の意思では仕方ない』と。

たらい回し式のお使いクエストを進めることにした。

雲行きが怪しくなったのは三軒目に訪ねた素材収集業者の家。

『父が病に倒れて……』

と泣き崩れるベタな娘に、病を治す為のアイテムの回収という、またベタなクエストをもらったまではいいのだが。


「やっぱりウチのギルドでも、誰も知らないみたいだよ」

「こっちの知り合いも全滅。

掲示板にも情報皆無、と」


そう。

このクエストのキーアイテムであるはずの《桜護りの吐息》なるアイテムについて、まったく情報がなかったのだ。

最近のトピックスとして、ドロップアイテムが不自然に偏りだしているようだとか、ポップするモンスターの分布や移動範囲にイレギュラーが多くなっているらしい、などは目に付いたが。

新規のモンスターやアイテムについての発言は見つからない。


「やっぱりユニークイベントなのかなぁ、これって」


アップデートは掛かっていない上にこれまでなんの情報もないとすると、一回限り、またはよほど制約が厳しいイベントなのだろう。


「まあ、元々ゲームなんざwiki参照しながらやるもんじゃないしな。

初心に返って地道に頑張ろう」


「それもそうね。

普段が楽をし過ぎかぁ~」


とりあえず外部情報の収集は諦めて、フィールドを先に進む。

しかし、妙なフィールドだ。

足元は薄く氷に覆われた青白い地表が、緩やかなアップダウンを繰り返しながら延々と続いている。

地表以外と存在するのは、ランダムな間隔で立ち並ぶ枯れ果てた木のようなオブジェクト群。

かつては広大な森だった、という設定なのだろうか。

非破壊オブジェクトであるこのまばらな森のおかげで、大型モンスターの突進と、広範囲の物理攻撃が阻害されている。

そのおかげがなかったら、二人ともとうに死に戻りをしていてもおかしくない。


「さっきの狼っぽいので七匹目?」


「いや、もう八匹目だよ」


指折り数えながら彼女が答える。

このフィールドに入ってからこっち、いわゆる雑魚モンスターに遭遇しない換わりに、一定間隔で大型モンスターに遭遇している。

エリアボス、フロアボスほどの強さではないのが救いとはいえ。

HPやスキルポイント、加えて精神的に緊張感が自然回復しきらないうちに次の敵が出現するのは、なかなか地味にしんどい。


「どんなイベントかはともかく、もう新年度って時期に氷雪のフィールドって、どうなのかしらね?」


「季節外れ感は否めないなぁ。

実装してあったけど、誰にも見つけてもらえなかったって奴かな」


「あり得るけどね、それ。

にしても、こっちじゃもう、桜咲いてるのよ?」


「こっちでも、次の週末あたりは花見日和になりそうだもんなぁ」


変化に乏しい雪原を、半ば愚痴のような雑談を交わしながら進む。


「!

次、ポップした!

今度は植物系!」


「先行して牽制する。

触媒使わない範囲で、火炎系の遠隔攻撃よろしく」


言いざま、ダッシュで距離を詰め。

短剣の刃に炎熱系の自己エンチャントをかけ、先制の一撃を繰り出す。



二人懸かりの弱点属性攻撃がハマって、あっさりと九体目を撃破。

経験値的にはなかなか美味しいのだが。

肝心のイベントアイテムはドロップどころかヒントも出ない。


「そろそろ前提を満たしてない可能性を検討すべきかも」


「それはもっともだが、検討出来るほどの情報がないからなぁ」


「マップの埋まり具合からするとそろそろ最深部だから、何かあって欲しいわね~」


パーティー内で共有しているマップを眺めながら彼女がほやく。

盗賊系のスキル《マップ作成》を使って自動生成したマップには、スキルレベルを上げていることもあってかなり詳細な情報まで表示されている。

それは逆に、ここまでの道程で見落としが無い、ということでもある。

部分部分マップの端までなぞっているので、このフィールドが大きく開いた扇のような形状なのはわかっている。

そしてまだマップ上でグレーのままなのは、弧を描く扇の端のその中央部分。

連戦でさすがに目減りしたMPやスキルポイントの自然回復を待ちながらしばしの雑談。


「そういえば、もう桜が咲いたって?」


「うん、こないだの週末でもう散り出してるよ」


「て~ことは、花見シーズンも一段落、だな」


「あたしはお酒は弱いから、あんま参加してないや。

むしろ団子が恋しい」


「あ~、こっちでも隅田川の畔じゃ、言問団子だなぁ」


「桜の下でカラオケしてる人って、意味がわからなくない?」


「花見と言いつつ誰も花を見ていない謎」


花見に纏わる不条理の言い合いが途切れ。

彼女がふと漏らした言葉。


「こうして二人でイベントやクエストやるようになって、けっこう経つよね?」


「そうだなぁ。

かれこれ、半年くらいかな?」


同じギルドに所属している訳でもない、単にフレンド登録しているだけの相手との半固定パーティーにしては、確かに長いかもしれない。

ましてや、二人だけだから尚更だ。


「あたし、学生でさ。

就職活動やら実験やらで、そろそろここに来れなくなりそうなんだよね」


ぽつり。

少し寂しそうに彼女が呟く。


「あたしが来なくなったら、ずっとソロで潜ってそうだよね?」


寂しげなままの笑い顔で揶揄する彼女は。

まるで、ずっと独りで居て欲しいと。

そう言っているようだ。


「盗賊+魔術戦士の謎ビルドだからな。

他に定期的に組んでくれる物好きは少ないだろうなぁ」


「さすがにソロじゃ、捗らないでしょ?」


「じゃあ、物好きが復帰してくるまで、レベルがあがってないかもな」


だから。

安心してここを離れて、安心してここに戻ってこい。

そう言ってやろうと思った瞬間。

進行方向で巨大な影が動いた。

20メートルを越えそうな体長。

それを凌駕する翼。

鋭く禍々しい牙と爪。


「出たぞ」


その一言で彼女も臨戦態勢に移行する。

しかし。


「え?

ドラゴン?

そんなはず、ないでしょ?」


確かにその姿はドラゴンそのもの。

けれど彼女の言葉もまた正常な反応。

このゲーム内で存在すると設定されたドラゴンは、6種6体。

それ以上は存在せず、それ以下にもならない。

青黒い巨体に重なるように表示されるタグを注視する。


《氷雪の擬竜》


フィールドボスであることを示すライトグリーンの枠の中に示された名称。

真なる竜ではなく、擬似、つまり竜に似た何か、ということだろうか。


「偽物らしいがな。

どちらにしても始まるぞ」


白で表示されていた名称が、赤く染まる。

こちらを認識し敵対した印。

天に向けて咆哮を上げ。

擬竜がこちらにその巨大な爪を振り上げる。




敏捷度をかさ上げしている彼女のバフが上書きされる効果光を置き去るように擬竜に迫る。

降り下ろされる爪と、それに連動して横薙ぎに振られる尾をかわしながら短剣にエンチャント。

クリティカル率向上と炎属性付与。

ステップを刻んで攻撃を隙間を縫って間合いを詰める背を掠める

ように、5本の矢が飛ぶ。

弓術師のスキル《マルチアロー》の多重攻撃が、着弾と同時に大きな炎花を咲かせる。

弱点属性の効果が擬竜のHPバーを削り落とし。

直前のヒールとバフが加算されてヘイトを稼いだせいで、ターゲットが彼女に移行する。

後衛にターゲットを移すのは本来は悪手だが。

《瞬動》と《リープ・ステップ》を組み合わせ、一瞬で擬竜の背後に回り込む。

敵のターゲットを取っておらず、なおかつ認識範囲外からの攻撃の際、ダメージ量の増大に加えてクリティカル率に依存した即死効果を発現させる、暗殺者用スキル《静穏なる死》。

直撃すれば間違いなくHPを全損する擬竜の牙の前でなお、彼女が強気に笑うのは、多少なりともな信頼か。

それに応えるように剣を降り下ろす。

同時に展開される複数のダメージ表示。

白の通常ダメージ。

緑のクリティカルダメージ。

そして。

擬竜のタグ自体が赤黒く明滅し。

巨体が雪原に崩れ落ちると同時、透過光とともに消失していく。


『遺失フィールド《北風の堰》はフィールドボスの討伐により解放されました』


「ぎりっぎりだったねぇ。

マナポットは完売、矢もあと5本しか残ってないよ」


「お互い、HPも危うく完売するところだったがな」


「さすがに二人パーティーでフィールドボス戦は無茶だったかなぁ」


当然、無茶もいいところだ。

壁役も居ない、後衛の回復力もささやかなもの。

装甲は薄いが回避力が高く、範囲攻撃は一つも持っていないが対単体火力はそれなりなのに加えて、使い難いが即死攻撃持ち。

本来はバランスが悪いはずのスキルセットの長所を、彼女のバフで無理やり補強することで、なんとか綱を渡りきったようなものだ。


「とはいえ、最後の攻撃、せめて避ける努力くらいはしようぜ」


擬竜の牙の前で、かわす素振りすら見せなかった彼女を横目で睨む。


「いやぁ、あの間合いでギリギリでかわしても、余波のダメージだけでHPが尽きるかなぁってね。

それに。

かわさなくても、なんとかしてくれたでしょ?」


振り向きながらふわりと微笑んだ彼女が。


「え?」


驚いたような声を漏らすと同時。

身体ごと振り返ると、俺に向けて弓を構えた。

視線と鏃が向かう先は俺の肩越しの背後。

それに促されるように振り向けば、そこには女が一人立っていた。

ついさっきまでボス戦をしていたフィールドの、それなりにスキルを上げているはずの盗賊の警戒圏内に。


「あなた・・・誰なの?」


彼女の誰何の声に応えるように。

女は深々と頭を下げた。


『《氷雪の擬竜》の討伐、ありがとうございました』


ゆっくりと身を起こした女は、柔らかな笑みとともに礼を口にした。

その頭上に、今更ながらにタグが表示される。


《春導く精霊 プリマヴェラ》


枠の色は中立を示す白。


「あなた・・・精霊なの?」


『はい、一応上位の固有固体とされております』


通常であればその属性で括られるだけなのだが、稀にこうして固有名と固有自我を持つ精霊が存在する。

これらは上位精霊であり、より大きな力と、この世界の中での独自の役割を持つ。

というのが確か上位精霊の設定だったか。


「あなたの役割が、今の擬竜と関係があったのかな?」


俺の問いかけに精霊はうなづく。


『名の通り、わたしはこの世界に春を運ぶことを役割とさせていただいております。

 けれど先ほどの擬竜がこの場所に居ついてしまい、《冬》を閉ざすことが出来ずにいたのです』


ここのフィールド名は《北風の堰》。

本来はここを閉ざすことで冬が終わり、春が訪れる。

それを為すのがこの精霊の役割だったのだろうか。


『けれど、あなた方が擬竜を斃してくださったので、ようやく遅れていた春を招くことができます。

 季節が変われなかったことでこの世界に起きていた歪も、これで正されるでしょう』


「あ」


彼女がこちらを振り返る。

しばらく前に掲示板やネットを漁った時に散見された、アイテムやモンスターの異常もこれが原因だったのだろうか。


『ささやかではありますが、あなた方にお礼の品を』


精霊が掌に乗せて差し出した小箱を、彼女が受け取る。

パーティーログに幾つもの文字列が流れていく。

経験値、コイン、数種類のアイテム。

その中に。


《桜護りの吐息》


「あ、これ!」


思わず声をあげた彼女に、精霊は少し不思議そうに首をかしげたが。

少しだけその場で姿勢を正し、もう一度深々と礼をした。


『こたびの擬竜の討伐、本当にありがとうございました。

 もうひとつ、わたしからの感謝の気持ちを』


目を閉じた精霊が、小さく一言だけ何かを呟いた瞬間。

フィールドの色が変わった。

白と灰色に覆われていた氷原が、柔らかな萌黄色の草原に。

暗かった空が晴れやかな青に。

そして無数の立ち枯れていた木々には、淡いピンクの花が数え切れないほどに咲き・・・

春が、訪れた。


「ここって・・・桜の森だったんだ」


視線をめぐらせれば、フィールドの最深部のここからは、ゆるやかなアップダウンを描きながら扇形に広がるフィールドの全景が見渡せる。

その全てが満開になった桜の薄紅の霞に覆われている。


「綺麗・・・だね」


気づけば精霊はもう姿を消していた。

彼女はゆっくりと深呼吸をしている。

春の気配、花の馨りで自身を満たそうとするように。


「ねぇ?」


嬉しそうに、嬉しそうに、笑みながら彼女は振り向く。


「一緒にお花見、出来たね?」




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ