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#01:竜の踊り場の祭壇で、僕は少女に何を語ろう

たぶん、相互に関係のない短編集です。

頻繁にネットゲームが登場しますが、全感覚没入型ではなく、2014年現在と同等の、視覚と聴覚だけのもので。

当然、デスゲームになったり、異世界に転移したり、世界を救ったりはしません。

極々平凡な日常の中の。

ほんの少しだけの特別。

これはそんなお話です。

さらさらと。

まるで音をたてそうに。

澄みきった夜空に月光が降る。

見上げれば頭上には満天の星。

そして眩い三つの満月。

一つは蒼く。

一つは紅く。

一回り小さな最後の一つは、純白に。

三つの月は地上を照らす。


《三つの月が重なる宵に。

 竜の踊り場の祭壇の上。

 千の精霊とともに誓えば。

 その愛は長しえに違えられることなく。》


この世界の礎となった四つの秘蹟。

その一つである碑文に遺された一節なのだと。

造られた世界の造られた伝説は語る。

竜の踊り場。

この、水晶のように月光にきらめく、半ば化石化した巨大な古竜の骨が無数の石柱のごとくに林立する平原。

祭壇というのは、その中でも殊更に高くそびえる数本の骨の上にある、5メートル四方ほどの空間。

たどり着くためには、僕のように飛行魔術を6レベル以上にあげているか。

さもなければ種族特性として空を飛ぶ権能を与えられている必要がある。

例えば。

僕の隣で祭壇の縁に座っている、純白の翼を背に持つ熾天使族の彼女のように。


半ば畳んだ白い翼が。

柔らかな夜風に、彼女の呼吸に合わせるように、ゆっくりと揺れている。

長くまっすぐな、金糸のような髪が揺れるのは、きっと僕が君に見とれて漏らしたため息のせい。

艶やかに赤い唇は微かな笑みを含んで。

夏空のように青く澄んだ瞳は、何かを待つようにまっすぐに僕を見つめている。


あり得ないほどに美しい天使の少女。

そう、こんな少女が現実にいるはずはないのだし。

ましてや、こんな僕の隣で微笑んでいるはずもない。

三重の月に照らされたこの場所も。

美しい彼女も。

ダークグレーのローブの下で剣杖と革鎧を身に付けている僕自身の姿も。

グラフィックエンジンが描き出し、グラスモニターが網膜に投影している仮想現実映像でしかない。


10代後半くらいの外見で、高位の魔術戦士である《僕》は、現実側では20代後半の冴えない会社員だし。

この風景は単に描画されただけの画像データで、机の上に置いた端末の電源を切れば消えてしまう。

彼女ですらも。

その外見は、選択した種族特性と幾つかのランダムパラメーターによって形作られたグラフィックイメージで。

ネットワーク回線の遥か向こう―それが隣町なのか、海外なのかもわからない―で電源を入れられた端末の前で、グラスモニターとヘッドセットを身につけているだろう誰かが。

美少女であるどころか、音声データを女声に加工している男である可能性だって、決してゼロではないのだ。


ネットワークの上にあるのは玉石混淆。

どれも胡散臭い偽物とまがい物ばかり。

だからここには本当の物など、本当の事などありはしない。

ネットワークを離れて現実を見ろ。

本当の物は現実の側にしかないのだから。


偉い人はいつだってそう断じる。

けれど。

その言葉こそ本当だろうか?

四ヶ月ほど前、混沌の森で出会った今隣に座る彼女。

現実のものではない姿。

現実に存在しないかもしれないプレイヤーとしての彼女。

現実の側に存在するかもしれない《彼女》との接点は、誰かの手で美しく描かれたキャラクターグラフィックだけ。

だとしても。

四ヶ月の間、現実に存在しない幾つものフィールドを共に駆け抜け。

現実に存在しない魔獣と刃を交わし。

高難易度のクエストをクリアして、はしゃいだ歓声をあげた彼女の笑顔には。

《本当の事》はないのだろうか?


息遣いや体温、鼓動や甘やかな髪の薫り。

そんなものはもちろん錯覚だ。

全感覚没入型の仮想現実技術などは、いまだ夢また夢。

僕に与えられるのは、視覚情報と音響情報だけ。

だから、こうして隣に座っている彼女の髪や肌に触れる動作は出来ても。

その感触は僕にはフィードバックされない。

存在しない情報を、想像で補っているだけ。


不毛で無意味、と断じる人が大半だろう。

けれど、と僕は。

夜空を見上げて微笑む彼女の瞳に見とれながら思考をつなぐ。

ならば僕たちは、現実側で出会う人の全ての属性情報を開示されているのだろうか、と。

友人や家族にさえ、話していないこと、知らせていないことはきっと誰しもあるだろう。

性格や人格の全てを把握している訳でもないのに。

現実で会った相手は本物で。

仮想空間で会った相手は偽物なのだろうか。

そのどちら側にしても。

わずかばかりの開示情報を想像で補った姿。

それが、誰かにとっての誰かであるのは、同じことではないだろうか。


「ね、月が重なるよ」


彼女の声が銀鈴のように響く。

見上げれば言葉の通り、三つの満月が一つに重なろうとしている。

異なる軌道と公転周期に設定された三つの月が同時に合を迎えるのは、現実側の時間で132日に一度。

重なりあう月を祝うように、竜の踊り場全域に微細な光の粒子が現出している。

これが碑文にいう《千の精霊》。

ふわふわと舞う光は彼女の髪に、睫毛に触れながら滑るように舞う。

地上80メートルを越える祭壇の、眼下も周囲も等しく精霊光に埋め尽くされ、先ほどまで見えていた空の星はもうその光と見分けがつかない。


精霊光の帳の彼方で三つの月が一つに重なり。

世界にリン、と音が響いた。

水晶化した古竜の骨が、重なった月光に共鳴し楽を奏でる。

その音楽に酔うように、精霊光が大きく舞い踊る。


実在しない世界の実在しない伝説に背中を押されて。

実在しない少女に実在しない自分が愛を告げる。

実在しない場所で交わされた言葉と誓いは。

はたして実在するのだろうか。


それでも。

僕は少女の頬に手を伸ばす。

触れる感触は伝わらない。

少女の体温は伝わらない。

僕の緊張も少女には伝わらない。


きっとそれでも。

今ここで、少女を大切に思う気持ちは。

仮想ではないから。


「君を、愛してるよ」



  


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