助手とホルダー
ラジコンがメインの筈が、なかなか飛行機が出てこない。
テニス部への入部が終わって、博美と加藤は並んで寮に帰っている。
「ねえ、加藤君。 井上さんが選手権の予選に出るって知ってた?」
博美が先日来気になっていることを聞いた。
「ああ、聞いたぜ。 機体ホルダーを頼まれた」
「そんな風に言ってた。 それで、するの?」
「うーん、迷ってる…… って言うか、その日の予定がハッキリしない」
「やっぱり迷うよねー」
「なんで秋本がそんなこと気にするんだ?」
「僕、助手を頼まれたんだ」
「へー 助手かー 凄いじゃないか。 やったらどうだ?」
「簡単に言うけど、そんなの責任が重大だよ」
「しかし、あの井上さんに頼まれるなんて、たいしたもんだぜ」
何時の間にか、二人は寮に着いていた。
「ねえ、一緒にご飯食べない?」
「いいぜ、助手の件、もっと話そうか」
「それじゃ、お風呂に入ってから行くから、6時30分でいい?」
「OK。 6時30分だな」
「ただいま」
博美は部屋に帰ってきた。
「(あれ、裕子ちゃん居ない)」
今日は珍しく、何時も博美が帰ってくるとベッドでコミックを読んでいる、裕子が居なかった。
「(先輩に捕まって勧誘されてるのかな)」
加藤との約束があるので、博美は裕子を待たずに、お風呂に行くことにした。
何時もより少し早くお風呂に来たので、脱衣所には普段とは違うメンバーが居る。
「しつれいします」
「あら、秋本さん。 この時間は珍しいわね」
寮長の植野が声を掛けてきた。今出たところのようで、髪を乾かしている。
「はい、夕ご飯を待ち合わせているので」
「そう、相手は男子?」
「ええ、ちょっと相談があるんです」
「彼氏? 良いわねー」
別の先輩が横から尋ねる。
「へっ…… べ・別にそんなんじゃ無いです」
博美はあわてて脱衣所から洗い場に入っていった。
「(んふふ…… 照れちゃって、可愛いし、まだ胸が小さいのも良いわー)」
必死で体を隠す博美を見て恥ずかしがっていると植野は思ったようだ。
博美がお風呂から部屋に帰ると、裕子は帰っていた。
「裕子ちゃん、遅かったね」
「うんー 漫研の先輩に捕まってね、ついつい話し込んじゃった」
「漫研! そんなのがあるの?」
「紹介してたよ。 博美ちゃん、寝てた?」
「寝てたかも……」
「で、博美ちゃんは何部?」
「テニス部にした。 土日に練習しなくても良いから」
「土日は何するの?」
「ラジコン。 もう2年してる」
「へー 変わってるね」
「お父さんの影響なんだ」
心の中で(もう居ないけどね)と付け加えた博美だった。
博美が食堂に来て見ると、今日は行列はあるが、大して混んではいなかった。博美は行列から少しはなれて立っている。一人で立っている彼女は皆の興味を引く対象だ。
「(……秋本さんだ。 可愛いな……)」
「(……誰かを待ってるのかな……)」
「(……あんな可愛い子を待たせるなんて、羨ましい奴がいるのか……)」
「(……声をかけたいなー……)」
視線を受けて、博美は居心地が悪くなってきた。
「(……遅いなー 加藤君、何してるんだろ……)」
その時、やっと加藤が此方に向かってくるのが見えた。
「加藤く~ん♪ こっちこっち」
つい嬉しくて博美は手を振って、大声を出していた。周りの視線が加藤に突き刺さる。加藤はその圧力に押され、立ち止まってしまった。止まってしまった加藤に向けて、博美は走っていく。
「加藤君、遅かったじゃない。 寂しかったんだよ」
胸の前で指を組み、上目遣いで見上げる博美を見て、周りの男子たちの嫉妬の炎がさらに燃え上がるのは当然だろう。
どうにか二人はテーブルで夕食に在り付いていた。
「このカツ美味しいね。 一切れ上げる」
博美が自分の皿から加藤の皿に一切れカツを移した。周りの席が「ざわっ」と騒がしくなったようだ。
「お・おう、ありがとう」
加藤は、そんな周りの雰囲気に飲まれそうになりながらも、礼儀としてお礼を言う。
「そう言えばさ、この前、僕と同席しようとした電気科の先輩が、連れさらわれたんだけど。 加藤君はそんな目に会わないんだね」
「やっとおまえも気が付いたか…… 実はな、機械科以外の男子が近づくと、有無を言わせず引き離されるんだ。 なんか機械科の決定らしい」
「誰がそんなことするの?」
「「機械科の女神、博美ちゃんを守る会」だそうだ」
「うわーー なにそれ……」
背中を冷水が流れたような気がした博美だった。
「ところで、井上さんの助手の件。 早いこと返事しなくちゃならないんだろ」
加藤が本題に入る。
「申し込み期日が迫ってるはずだ」
「うーん、どうしよう。 どうしたら良い?」
博美は相変わらず悩んでいる。
「俺に決めさせるなよ」
「だって、分からないんだもん」
博美は頬っぺたを「ぷー」と膨らせた。
「なに変顔してるんだ。 よし、俺が決めてやる。 お前は助手をしろ!」
「勝手に決めないでよー」
「決められないんだろ。 決めてやったんだ、感謝しろ」
博美の頬っぺたが更に膨らんだ。
「理由を言ってよ」
「まず第一。 お前はこの先、スタントをしたいだろ?」
「うん。 したい」
「第二。 あの井上さんの助手だぜ、めっちゃ参考になる」
「第三。 予選は年に一回しかない。 これを逃したら一年後だ」
「第四。 井上さんからも聞いたんだが、お前は風が読める。 それをスタントにどう生かすかの訓練になる」
「こんなもんでどうだ?」
加藤の言葉を博美は反芻してみた。確かにメリットはある。しかし……
「助手ってことは、井上さんの足手まといになるなんて事があったら、本末転倒よね。僕にはメリットがあっても、井上さんのメリットになるかどうか、自信が無い」
博美は思うことを打ち明けた。
「勘違いしてるぜ。 井上さんは一人でこれまでやってきたんだ。 助手も形だけの人を立ててな。 お前が後ろでただ突っ立って居るだけでも、全然問題にしないだろうよ」
「それじゃ、僕でなくても良いじゃない!」
「(誰でもいいなんて、そんなんじゃ嫌だ)」
「だからー 井上さんはお前に経験を積ませてあげたいんだよ!」
段々二人の声が大きくなり、周りのテーブルに座っている学生たちが、聞き耳を立てている。
「(「する」とか、「経験を積む」とか、なんか怪しくね)」
「(あの二人、付き合ってるか?)」
「(話に出てくる井上って誰だ。 三角関係か?)」
「ちょっと興奮しちまった」
加藤が周りの様子がおかしいのに気が付いた。
「もう、出よう」
二人は食器を返すと、食堂から出た。もう7時を過ぎているので、外で話をする訳にはいかない。
「まあ、さっきも言ったように、井上さんはお前に経験を積ませたいんだよ。遠慮せずその好意を受け取っとけ」
「わかった。 加藤君はどうするの? 加藤君もホルダーするよね」
「OK、OK 俺も出るよ」
「良かった。 僕一人じゃ不安だもの」
「へ…… 結局それか……」
「えへへ…… それじゃお休み!」
博美は女子寮に走っていった。
「(なんだ、なんだ。 あいつは……)」
その夜、博美と加藤は、井上に選手権予選に助手とホルダーとして出ることをメールした。
パイロットは競技中は緊張のあまり飛行機しか見えません、次の演技を教えたり、演技の位置取りを指示したり、時には煽てたり、と助手の役目は重要です。




