ホームルーム
自己紹介って、緊張しますね。
教室に背の低いおじさんが入ってきて、教壇に立った。
「はい、全員席について!」
それを聞いて全員が席に着くと、教室が静かになった。
「流石は高専生ですね、皆さん動きがよろしい」
おじさんはにこやかに話を続ける。
「私がこのクラスの担任、 堤 大治郎です」
黒板に大きく名前を書いた。
「担任といっても、中学や、ましてや小学校のように、いつもクラスの中に居るわけではありません。 まあ、問題が起きたときの連絡係程度に思っていてください」
教室を見渡すようにして続ける。
「ちなみに、担当教科は社会科で、このクラスの授業もあります」
ちょっと言葉を切り、皆の反応を確かめたが、薄い反応に残念そうな表情を浮かべた。
「これからのスケジュール等のプリントや、連絡事項を配ります。 席が先頭の者は必要な数を数えて取りに来なさい」
それを聞いて、博美は自分の後ろの人数を数えて、教壇の所に行った。
「8人です」
担任に人数を告げる。
「はい、 秋本君ですね。 早かったですね」
博美はプリントの束を受け取ると、自分の分を取って、後ろに送った。他の列の学生たちも次々受け取ると、後ろに回す。
「全員ありますね? 無い人は手を挙げて」
「…………」
全員無言だ。
「それではプリントに沿って説明します」
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「以上です。 なにか質問は?」
「…………」
誰も何も言わない。全員次に行われるであろう「イベント」に心が奪われていた。
「はい、 それでは皆さんが心待ちにしているであろう、自己紹介をしましょう」
少し前から「ドキドキ」していた博美は、それを聞いて覚悟を決めた。
「名前と趣味、特技程度で良いでしょう。 一言ぐらい付け加えてもいい」
「出席番号順に…… ではつまらないので、 出席番号の真ん中ぐらいから始めましょう」
「えーーーー」
教室が突然大騒ぎになった。
「はい、はい。 静かに」
担任は落ち着いたものだ。静かになるのをゆっくりと待っている。
「それでは、 多々良君から。 せっかくだから前に出て」
やっと教室が落ち着いた。
「はい、次は秋本君」
ついに博美の番になった。これまでの自己紹介を聞いていると、全員が名前と趣味程度しか言っていない。博美もそれで行くことにして、教壇の横に立つ。
「……可愛い!……」
「……細いねー……」
「……俺はもう一寸胸が有る方が……」
「……ボーイッシュだね……」
「……うちに欲しい!……」
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教室だけでなく、父兄の居る廊下までもが少し騒がしくなった。
「秋本博美です。 趣味はラジコンをしてます。 よろしくおねがいします」
ペコリ とお辞儀をして席に帰ろうとすると
「しつもーん!」
誰かの大きな声がして博美が「びくっ」として固まる。担任の顔をそっと見たが、帰っていいとは言わなかった。
「彼氏はいますか?」
いきなりの質問だ。
「いません!」
顔を横に振って答える。
「好きな人はいますか?」
「い・いません」
「お料理は出来ますか?」
「少しなら……」
「何が出来ますか?」
「ハンバーグや肉じゃがなんか……」
「つきあってください!」
ドサクサに紛れて誰かが言った。
「ばかやろー、 抜け駆けするな!」
「こんな奴より俺のほうが……」
「このやろ、やめろ」
とうとう大騒ぎになってしまった。
「あの、席に帰っていいでしょうか?」
博美が担任に聞いた。
「はい、もういいでしょう」
博美は「ほっ」として席に戻った。横を見ると加藤が呆れている。
「なに? 加藤君」
「いや…… こいつら「あほ」だ……」
騒ぎはなかなか収まらなかった。
「男の中に女の子が一人って、想像以上に大変ね」
一緒に寮まで歩きながら明美が呟いた。さっきの騒ぎは収束するまで、ゆうに20分は掛かったのだ。
「はあ…… どうなるんだろ……」
博美は明日からのことを考えると、憂鬱になってきた。
「すぐに皆慣れるわよ。 それに博美には加藤君が居るじゃない。 心配ない無い」
明美は気楽なものだ。
機械科は1クラスで40人です。
留年した者は居なかったので、全員新入生です。
女の子が一人だと男たちは牽制しあって手を出せないような気がしますが、どうでしょうか?




