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空の妖精  作者: 道豚
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プロローグ

初めての投稿です。

稚拙な表現など、至らぬ所も多々有ると思いますが、よろしくお願いします。

「…………」

 サングラスの下で、成田は真っ黒に日焼けした顔をしかめている。

「またミスりやがった。 なにやってやがんだ!」

 ルクセンブルグに来て二週間、ほとんど毎日機嫌が悪かったのだが、今日は特に機嫌が悪い。

「やあ、成田君。 随分とご機嫌が悪いじゃないか」

 チームの連中が怖がって遠巻きにしている中、マネージャーをしている奥山が近づいてきた。

「監督がそうもイライラしてちゃ、成績もでないだろ」

「奥山さん。 そうは言ってもさー 今日で終わりだぜ。 唯一決勝に残ったあいつがあのフライトだろ、ストレスもたまるってもんだ。 もういっそのこと、俺が出てやろうか?」




 一週間前から始まったアクロバット飛行の世界選手権は一昨日に予選が終わり、これまで表彰台を逃したことが無かった日本チームは、今年は予選の成績で決まる団体戦で五位になり、表彰台に上れなかった。そして上位15人が出られる決勝に進めたのは一人だった。チームを率いて8年、成田は今年の選手たちのレベルの低さに愕然としていた。




「後進を育成します、なんて言って引退したくせに、もう諦めたのか?」

「諦めちゃいねえよ。 俺が手を掛けた奴らが世界戦に出るにはもう少し時間が掛かる。 今は端境期だ」

「そうだね。 今は我慢の時期だ。 それにしてもヨーロッパの連中は上手いこと代替わりをしたな」

「ああ、そこんとこは羨ましい。 層が厚いんだろう」

 二人が話してるうちに、日本選手の演技が終わっていた。飛ばしていた選手が帰ってくる。

「よう、今日は不調だな」

 成田が声を掛けた。

「いやー ロートルにはこれが限界だね。 俺も引退かな」

 帰ってきたのは髪の毛が薄く、年寄りに見える男だった。

「なにがロートルだよ。 俺より若いくせに」

「あんたの見た目が若いだけだよ。 俺の方が年齢なりに見える」

「まあ、引退を反対はしないがね。 後進を作ってくれよ」




 二人が話しているうちに、次の選手がフライトを始めた。

「お! 次は誰だ?」

「ミッシェルだ。 今年はこいつで決まりだろうな」

 大胆でカラフルな色使いの大柄な機体が、軽やかなエンジン音を響かせて離陸していく。やがて、演技の開始点に現れた時は、エンジン音は殆ど聞こえなかった。

「んっ 良い調整してやがる」

 成田がつい口に出した。




 遅すぎず、早すぎず、気持ちの良い速さでミッシェルは演技をこなしていく。機体の姿勢によって調整されるエンジンのパワーだが、その排気音も心地よく聞こえ、まるで伴奏のようだ。日曜日ということもあり、成田たちの居るエプロンの後方に沢山の観客が居るのだが、誰一人として声を出さない。




 やがて演技は中盤に入る。

「ローリングサークルか……」

 成田が小さな声で隣に居る奥山に確かめた。

「そうだな…… 日本人が苦手な演技だ」

 奥山が答えるのに合わせたように、ミッシェルの機体はゆっくりとロールをしながら旋回を始めた。

「fée」

「fée」

「fée」

「Elfe」

 静かだった観客席が、なんだかザワザワし始めた。

「おい、こいつ等何言ってやがんだ?」

 騒がしくなったのを成田が訝しんで聞いた。

「成田さん、あんた知らないの? ミッシェルの二つ名だよ。 妖精のミッシェルて言うんだ。  féeも Elfeも妖精って意味だ」

「なんだー その変な名前は!」

「まるで妖精が空を舞う様だってさ」

「おいおい、日本にも居たぞ、そんな二つ名の奴が……」

「妖精の秋本だろ。 仕事があって出られなかったが、世界選手権選抜競技会でトップだったな」

「あの決勝でのフライトは素晴らしかった。 もしこの大会に出てたら優勝出来たかもな」

 成田と奥山は、秋本が仕事をしているであろう南の空を眺めた。

「再来年。 次の世界選手権で、奴はきっとチャンピオンになる……」

 次第に大きくなった観衆の声にかき消され、成田の呟きは奥山には届かなかった。






 成田たちが決勝を見ていた頃、世界選手権の会場から遥かな南、アフリカの某国に建設中のプラント現場事務所の中で、プラントの設計主任として説明をするために、昨日着いたばかりの秋本光輝は、明日の完成検査に使う資料をまとめていた。

「パン・パン……」

「ドーン……」

 遠くで爆竹や花火のような音が聞こえた。

「(祭りでもあるのかな)」

 暢気に光輝が考えていると

「主任! テロです。 逃げてください」

 現地に赴任して2年たつ部下が部屋に飛び込んできた。




 部下と連れ立って安全な部屋に移動中に、光輝は自社で雇っている警備員が、何かを叫びながら銃を撃っているのを見た。

「なんて言っているのか分かるか?」

 部下に尋ねる。

「日本人は皆殺しだ! と言っているようです」

 部下はちょっと考えて答えた。

「何だって! それじゃ隠し部屋も見つかるじゃないか」

 内部を自由に行動していた人間がテロを起こしたのだから、隠れている場所が見つかると考えるのは当然だ。

「そうかも知れませんが、これ以上の手立ては講じられません」

 部下が言う。確かに逃げる場所はそこしか無いのだ。

「俺が奴らを別の場所に誘導してやる。 政府軍が来るまでの時間が稼げればいい」

「主任。 そりゃ無茶だ」

「皆が仲良く殺されるよりはいいだろ。 俺はあっちに行くから、お前は部屋に行って皆に伝えろ」

「しかし」

「これは業務命令だ。 行けっ」




 部下が走っていったのを見届け、光輝はその反対方向のプラントの方に走り出した。自分の設計したプラントだ、内部構造は頭に入っている。光輝は頃合を見てテロリストの気を引くため大声を出した。彼らは光輝に気が付くと銃を構えて近寄ってくる。光輝は複雑に入り組んだ足場を使って彼らと距離をとる。命を掛けた鬼ごっこだ。




 だが、光輝一人に対して、テロリストは複数だ。光輝は段々追い詰められてきた。そうして二時間、角を曲がった光輝の目の前にテロリストたちが現れた。とっさに光輝は体を投げ出す。その上を無数の銃弾が通過した。しかし一発の銃弾が光輝の肩から肺を貫きわき腹から抜けていった。

「ガッ!」

 光輝は肺を破られたため、息が出来なくなった。急速に意識を失っていく光輝の脳裏に、大きな飛行機を持って微笑む少女の姿があった。

「博美…… ・  ・  」






 アフリカで起きたテロから数年後、もうとうに事件の事など忘れ去られている。秋を目の前にしてもまだまだ暑い8月の終わり、関東のとある河の河川敷。長さ150m、幅60mの大きさに芝生が刈り込まれた飛行場で今、アクロバット飛行日本選手権の決勝が行われている。女の子が長身の男の子を従えて、5人並んだ審査員の前に歩いてきた。キャップを被り、サングラスをしているが、美人であることは一目瞭然だ。軽く会釈をして滑走路の方を向くと、男の子が後ろに立ち、励ますように両手で彼女の肩を「ポンッ」と叩いた。女の子は軽く頷くと

「テイク オフ」

 可愛く一声言って、既に滑走路上に待機していた飛行機を離陸させた。




 今行われているのは「アン ノウン」と呼ばれる演技で、飛び方は前日の夜に決勝に出場する選手により決められ、予めの練習が禁止されている。つまり、ぶっつけ本番で間違えずに飛ばさなければならない。




 わずかなミスも見逃すまいと、厳しい目で採点する審査員たちの前で、彼女の飛行機は次々と演技をこなしていく。演技が進むにつれ、審査員たちは己の付けた点に驚愕をおぼえ出した。何と、殆ど減点がないのだ。




 昨日までに行われた予選の「ノウン」演技で、彼女は前年のチャンピオンに負けていた。そして決勝の「ノウン」演技でも遅れをとる事は予想された。それを挽回するため、彼女は「アン ノウン」演技の中に……他の選手たちの反対を押し切って……途轍もなく難しい演技を入れる事に成功していた。




 今、正にその演技が始まる。彼女の飛行機がゆっくりとロールを始めた。と同時に旋回していく。ヨーロッパの選手が得意としている「ローリングサークル」だ。しかしただの「ローリングサークル」では、チャンピオンとは大した差が付かない。それで彼女は2旋回で1ロールという演技を入れたのだ。




 待機位置に飛行機を置いて、彼女の演技を見ていたディフェンディングチャンピオンが顔をしかめた。彼女の飛行機は彼の目の前で見事な「ローリングサークル」をしてのけたのだ。

「(駄目かもしれない)」

 彼は、見なければよかった、と思った。




 ディフェンディングチャンピオンの彼の演技も素晴らしいものだった。だが一度心に上った弱気な気持ちは、微妙に演技の「キレ」を無くしていた。一つ一つの演技の点はわずかな違いかも知れない。しかし全体を足したとき、二人の得点には大きな差が生じることになった。




 この日、新しいチャンピオンが誕生した。




プロローグとは言いながら、未来のことまで書いてしまいました。

彼女がここに至るまで、頑張って書きたいと思います。

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