07
「音楽好きは水嶋家の血統なのかもね」
「ショーコちゃんは、何のパートをしていたの?」
「楽器は余り上手くなくて、声を張り上げる係かな」
「ボーカル? ……確かにショーコちゃんならやってそう」
「それはどういう意味かな?」
「だって、絶対、一番前で目立ちたがりそうなんだもん」
「それは、私という人間を正確に把握しているわね。確かにライブでは暴れまくっていたからなあ」
「けっこうライブとかしていたの?」
「もちろん。私がいた時だけじゃなくて、美郷高校の軽音楽部といえば、昔からけっこう盛んに活動しているからね。今も、特に二年生にはすごいメンバーがいるし」
「すごいメンバー?」
「うん。将来、プロになるつもりじゃないのかな。あの二人」
「あの二人……って、ひょっとして佐々木君っていう人?」
「そうそう。佐々木一穂。もう目を付けているの。けっこうチェック早いじゃない」
「違うって。同じクラスにいるの。髪を金髪にして、すごく目立っているし……」
「そうなんだ。カズホと同級生か」
「ショーコちゃんは、どうして佐々木君を知っているの?」
「ごくたまにだけど、先輩面さげて学校に行くことがあるからね」
「そうなんだ」
「とにかく、カズホのベースはめちゃくちゃ上手いよ。それからギターの武田真。この二人は、ちょっと高校生っていうレベルじゃないかもね」
「そんなに上手いんだ。そんな人達とは、とても一緒にできないよ」
「ナオちゃんだって、小さい頃からピアノを習ってて、中学でも三年間、キーボードをやってたんでしょう。全然、大丈夫だよ」
「でも、あくまで趣味の範囲っていうか、プロになりたいって思って、バンドをやっていたわけじゃないし」
「ほらほら。相変わらず腰が重いなあ」
「えっ、……そんなにお尻は大きくないよ」
「違うって。新しいことを始めるってときには、いつも尻込みしてしまうってこと。昔からね」
「…………」
「まあ、すぐに決心が付かないのなら仕方ないけどね」
そこに、マスターがブレンドコーヒーとカフェオレを持って来た。ミルからドリップまで手間暇掛けて煎れたコーヒーの芳醇な香りが漂ってきた。
「はい。お待たせしました」
「わあ、良い香り」
ナオは思わず呟いた。
「そうそう。店は古くて汚いけど、とにかくここのコーヒーは美味しいのよ」
「ショーコちゃん。それは誉めてくれているのかな?」
マスターも怒っているようではなく、なかば呆れて、なかば楽しんでいるようであった。
「もちろん。……ああ、そうだ。マスター、入って来た時にも言ったけど、この子、私の従兄弟で、今度、美郷高校に転校してきた水嶋奈緒子ちゃんって言うの。よろしくね」
「ああ、そうですか。どうぞよろしく」
「あ、いえ。こちらこそ、よろしくお願いします」
ナオは律儀に立ち上がってマスターにお辞儀をした。
一方、ショーコは自分の家にいるようにくつろいだ様子で座ったまま、テーブルの近くに立っているマスターに話し掛けた。
「この子ね、ちょっと理由があって、家に真っ直ぐ帰りたくないっていうのよ。放課後、この店で道草させてもらって良い?」
「こっちとしては、お客さんが増えることは嬉しいことだからね。大歓迎だよ」
「そうでしょ。ナオちゃんが常連客になれば、このドールの寿命も後二年は延びるわよ。まあ、これまで潰れないで続いているのも奇跡に近いと思うけどね」
「ははは。自分でも不思議だよ」
「ねっ、ナオちゃん。この店ならコーヒー一杯で三時間は平気だよ」
「え~、でも……」
ナオは顔色をうかがうようにマスターの顔を見たが、マスターは相変わらずニコニコと笑っていた。
「全然、かまいませんよ。うちはジャズ喫茶だから、それくらいの滞在時間は珍しくないですから。確か、ショーコちゃんなんか、コーヒー一杯で、朝から晩までずっとここにいたこともあったよね」
「あはは、憶えてた? 居心地が良いんだもん、ここ。だから、ナオちゃんも明日から道草させてもらいな」