09
ファミレスを出て、二人はライブハウスに向かったが、その歩道には溢れるほどの人の波が押し寄せていた。
「うわ、すげえ人混み! さすが土曜の夜の渋谷だな」
二人は、人の波を掻き分けながら進んでいたが、小柄なナオは、逆方向からやってきた人に押されて、後ろにひっくり返りそうになったり、また、ちょっと離れると見えなくなってしまい、そのたび、カズホがナオを探さなくてはならなかった。
「水嶋」
「はい?」
ナオの右手が、突然、カズホの左手に包まれた。
「あっ」
「このままじゃ、水嶋と離ればなれになってしまいそうだから……。行くぞ」
「は、はい」
ナオは、カズホに手を引かれて歩いて行った。
男の子と初めて手を繋いで、最初は恥ずかしかったナオも、カズホの左手からナオの右手に、その暖かさとともに、純粋に自分のことを気遣ってくれているカズホの優しさが伝わってきて、いつの間にか恥ずかしさはどこかに消えてしまっていた。手を繋いで歩いていることが、その時のナオにとっては、ごく自然なことのように思えてきて、息をしていることと同じように、まったく意識の外に置かれていた。ライブハウスに着き、チケットを鞄の中から出す時になって、手を繋いでいたことを思い出したほどであった。
ライブハウスはステージに向かって扇形をしており、カズホ達の席は、その後方で、小さな長方形のテーブルを前にステージに向かって並んで座る所であった。店員に案内されてその席に座ると、意外と二人の席が近いことが分かった。多くの観客を収容するために、少なくともペアの客の席はできるだけ接近させているのかも知れなかった。肩が触れ合うほどに近い席に隣り合って座った二人は、しばらく黙ったまま、まだ暗いステージを見つめていた。
「水嶋」
「はい」
ナオがカズホの方を向くと、カズホの顔がすぐ近くにあった。二人は見つめ合ったまま話をした。
「ジャズのライブって、本当に久しぶりだよ」
「私も中学生の時に、お父さんに連れて行ってもらって以来です」
「でも、俺、本当は客としてジャズライブを見るのは初めてなんだ」
「えっ、どういうことですか?」
「実は、立花楽器店が後援をしていたジャズトリオのライブの裏方として参加して、舞台そでから見てたんだよ」
「そうなんですか」
「今日も何か仕事をしないといけないような気がしているんだけどさ」
「ふふふ。貧乏性なんですね」
「まあ、貧乏なのは否定できないけどな」
「えっ、……び、貧乏性って言葉の使い方、間違ってましたか?」
「ああ、俺、ちょっと傷付いたかも」
「え~、本当ですか? どうしよ~」
「ははは。久しぶりのジャズライブを前に、ちょっと緊張していたけど、水嶋を弄くって、リラックスできたよ」
「もう、また~! ……でも、お役に立てたのなら本望です」
二人は見つめ合いながら微笑み合った。
今日は、渋谷駅で会ってから、何となく二人とも緊張していた感じであったが、ナオは、いつもどおり、ドールで話をしている感じがしてきて、ナオ自身もリラックスできた気がした。
ステージが始まると、カズホは演奏に夢中になっていた。リズムに身体を揺らし、時々、両手でベースを演奏しているような仕草をしていた。
ナオも演奏に夢中になりながらも、時々、カズホのそんな仕草を横目で見てほほえましく思い、思わず笑った。
「なに?」
「ううん。佐々木君、楽しそうだなって思って」
「おう、最高だよ」
ライブは大盛況であった。二回のアンコールもあり、最後はスタンディングオベーションとなった。
カズホもナオも惜しみなく拍手を送った。




