06
翌週の月曜日の夜。
立花楽器店のリペアコーナーで、チーフの川村が珍しく休暇で、カズホが一人で作業をしていた。
「カズホ」
名前を呼ばれたカズホが顔を上げると、レナがカウンターの外に立っていた。
「ちょっと話があるんだけど良いかな?」
「あ、ああ」
仕事中にレナが話し掛けてくることは今までなかったから、カズホはちょっと驚きながらも頷いた。
レナは、カズホの作業用机と向かい合う川村の作業用机の前の椅子に座った。川村が休暇だと知って、やって来たのだろう。
「とりあえず作業しながらで良いか?」
「ミスらないでね。ナオちゃんの話だから」
カズホの手が止まった。
「水嶋の話って?」
「カズホは、ナオちゃんのことをどう思っているの?」
唐突な質問に、カズホは動揺を隠すことはできなかった。
「な、なんだよ。藪から棒に」
「藪から棒でもないと思うけど。……でも、ナオちゃんって本当に可愛いよね。服装や髪型で誤魔化されている人が多いと思うけど……。カズホもとっくに気がついているんだよね?」
「どういう意味だよ」
「相変わらず、私に対しては冷たいものの言い方をするのね」
「そ、そんなことはない」
「ふふふ。ごめん。私に対する態度を責めるためにここに来たわけじゃないから。でも、私を含めて学校の女子みんなに対するカズホと、ナオちゃんと話している時のカズホは、別人みたいだよ」
自分でも疑問に思っていたが事実であることは間違いなく、そのことを改めてレナから指摘されて、カズホは何だか腹が立ってきた。
「レナには関係ないだろ!」
「関係ないといえばないけど、関係あるといえばあるのよ」
「何言っているのか分からないよ」
レナは一瞬微笑んだ後、真正面から視線を逸らすことなくカズホを見つめた。
「カズホも気づいていると思うけど、ナオちゃんは、ずっと悩んでいることがあって、あの服装や髪型はそれが解決できていないことの証なの」
「レナは、その悩みがどんなことかを聞いたのか?」
「うん、聞いた。……ナオちゃんは、ある呪文に悩まされているの」
「呪文?」
「ええ。でも、どんな呪文なのかを私の口から言うことはできないわ。それは分かってくれるでしょう」
「ああ」
「そして、そのナオちゃんの悩みを大きくしているのは、カズホなんだよ」
「俺が?」
「そう。軽音楽部への入部を悩んでいるのも、カズホがいるからなの」
「……」
「もし、カズホがナオちゃんのことを好きなのなら、ちゃんと彼女に伝えてあげて。そういう関係になることは全然考えていない、ただの同級生のジャズ談義仲間だって考えている場合でだって同じ。とにかく、カズホがナオちゃんのことをどう思っているのかを、ちゃんとナオちゃんに言ってあげて。そうすることで、ナオちゃんは悩みを解決するための最後の一歩を踏み出せると思うの」
「……」
「やっぱり、ナオちゃんが悩まされている呪文を破れるのは、カズホしかいないと思うの。でも、そのカズホが、ちゃんと自分の気持ちを伝えないことが、彼女をより苦しめているってことを分かってあげて。……お願い」
「……どうして、レナは、そんなに水嶋のことを心配するんだ?」
レナは、いったん目線を下げた後、微笑みながら再びカズホを見つめた。
「ナオちゃんの悩みが解決されることが、私のためにもなるからよ」
「どうして?」
「私は、ナオちゃんはカズホにぴったりの女の子だと思っているの。そんなナオちゃんがカズホの彼女になったら、一年前のことは、もう私の記憶から消え去ってしまうに違いないの。だってそうでしょ。もし、ナオちゃんが私と似ている女の子だったら、なぜ私が選ばれずにナオちゃんが選ばれるのかって悩んじゃうけど、ナオちゃんには、私には無い魅力がいっぱいあって、カズホがナオちゃんを選んでくれると納得できちゃうんだよね。私の心の絆創膏にもなってもらえる素敵な女の子なのよ」
「……」
「私もナオちゃんが大好きなの。もし、カズホがナオちゃんをいらないって言うのなら、私がもらっちゃおうかな」
「えっ!」
「ふふふふ」
レナは席を立ち、リペアコーナーを出て行こうとしたが、出口付近でふと立ち止まり振り返った。レナにしては珍しく、ちょと恥ずかしげに見えた。
「カズホ。この前のセッション、最高だったね。やっぱり、私は、マコトとカズホの音が好きなんだ。ハル君のドラムも良いね。ナオちゃんも入ってくれたら、私、もう一度、軽音楽部に入部させてくれないかな。……あっ、休部中だから活動再開か」
「そうだな。俺もレナのボーカルを久しぶりに聴きたいよ」
「……ありがと。それじゃあ」
少しはにかんだような笑顔を見せて、レナはリペアコーナーを出て店の奥に引っ込んで行った。
カズホはしばらく作業が手に付かなかった。




