05
――曲が終わった。
余韻を楽しむかのように、しばらく誰も言葉を発しなかった。
静寂を破ったのはマコトだった。
「何だよ、これ。これまでバンドをやってきて、こんなに気持ち良かったのは初めてだぞ。カズホはどうだった?」
「ああ、そうだな。最高だよ。やっと伽羅の残骸から抜け出ることができたような気がするよ」
「僕もドラム叩いていて、こんなに幸福感を感じたことはないよ。バンドをやってて、本当に良かったって感じだよ」
訊かれていないのに、ハルもどうしても感想を言いたかったようだ。
「ああ、そうだな。水嶋。お前、最高だよ。なんでもっと早く」
「ちょっと、みんな! このスタジオ、一時間しか借りていないんですからね。話している時間がもったいないわよ」
ナオを守るように、レナがナオの前に立ちはだかった。
「おお、そうだった。それじゃあ、二番をやるか」
一時間の練習時間を終え、全員が帰り支度を始めた。
ナオはどの曲も完璧にマスターしてきていた。マコトが黙っているわけがなかった。
「水嶋。やっぱり、軽音楽部に入ってくれよ。お願いだ」
「ナオちゃんは、今日はあくまで臨時の練習メンバーとして来てもらったの。その話は今日はしないこと。良いわね!」
レナにピシッと言われて、マコトも言葉を続けることができなかった。怖い物なしのマコトであったが、幼馴染みのレナにだけは頭が上がらないようだ。
ナオ達が一階のレジカウンター内にあるスタジオ受付係に行くと、古参の店員である鈴木がレナに声を掛けた。
「あっ、お嬢様。練習されていたんですか?」
「人前でその呼び方は止めて。Aスタジオ一時間だから二千円よね。それじゃあ、ナオちゃんはゲストだから、四人で割り勘。一人五百円。私がいたからって値引きなしよ」
「えっ、悪いです。私も払います」
「良いって良いって。はい、私の分。後はこの三人組から貰っといて」
レナは五百円玉を鈴木に渡した後、ナオに向かって言った。
「ナオちゃん。今日は急いで帰る用事がある?」
「いいえ」
「それじゃあ、私の部屋に来てもらって良い?」
「はい」
「それじゃあ、三人衆。にこにこ現金払いでよろしく」
レナは、ナオを連れて、とっとと店の奥に引っ込んで行った。
「なんだ。レナの奴」
何だか取り残された感じの男子三人組であった。
レナの部屋に入ったナオは、マコトが強引に勧誘してくることから回避するために、レナが部屋に誘ってくれたと分かっていた。
「ありがとう。レナちゃん」
「んっ、何のことかな? 私は、単にナオちゃんと話がしたかっただけだよ」
「う、うん」
レナの部屋にある小さなテーブルを挟んで、二人は座った。
「ナオちゃん。今日のこと、ちゃんと謝るよ。だましたりしてごめんなさい」
レナは正座をして頭を下げた。
「あっ、レナちゃん。そんなことしないで。悪いのは私なんだから。レナちゃんにもお願いされていたのに、私が勇気を持てなかったから……」
「私は、私の願いが叶うように、ショーコさんと相談して今回のお芝居を打ったことは事実なの。自分の欲望を抑えきれなくてさ。今日、久しぶりにマコトやカズホの音を聴いて、ますます本気で思うようになった。それと、ナオちゃんのキーボードも最高だったよ」
「……ありがとう」
「今日、こんなお芝居を打ったもう一つの理由は、ナオちゃんにもマコトやカズホの音を直に聴いて欲しかったからなの。ステージから流れてくる音は聴いていると思うけど、観客として聴く音と同じ演奏者として聴く音は違うからね。私は軽音楽部にいた時に彼らの音は聴いているけど、ナオちゃんは聴いたことがないと思ってね。ショーコさんは、二人の音を聴かせれば、ナオちゃんもすぐにバンドに入ってくれるって言ってたけど、私は、そんなに急いでいないの。だって、ナオちゃんには克服しなければならない課題が他にもあるものね」
「……」
「今日は、課題の一つをこなしただけ。大変よくできました。残っている課題には、私も協力するけど、ナオちゃんのペースで取り組んでもらって良いからね」
「レナちゃん……」
ナオは、レナの心遣いが嬉しくて、また涙を流した。
「ナオちゃんは、本当に泣き虫なんだから。でも、その泣き顔が可愛いから、なんとかしてあげようって気になっちゃうんだよね」
「そ、そんな……」
「マコトには私から話しておくから。軽音楽部への入部は、もうちょっと考えさせてあげてって。カズホは、マコトみたいに無理に誘っては来ないと思うけどね」




