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ドール―迷子の音符たち―  作者: 粟吹一夢
第七章 解かれた呪縛
62/73

03

 土曜日。

 ナオは、午後二時半には立花楽器店にやって来ていた。

 白いブラウスにブルージーンズ、足下は白いスニーカーという野暮ったいスタイルに、ポシェットのような小さな鞄を袈裟懸けに掛けたナオは、楽器の展示スペースを見て回っていた。

 以前、レナの部屋に行った時やカズホの誕生日に来た時は、ゆっくりと楽器を見る時間がなかったから、陳列された新しい楽器を見るのは久しぶりだった。ピカピカの楽器を眺めていると、なんとなくワクワクするような気持ちになってきた。

 キーボードコーナーで最新の機種に見入っていると、後ろから声を掛けられた。

「ナオちゃん」

 振り向くと、レナが立っていた。

 レナは、ロゴTシャツの上に黒のジャケットを腕まくりして羽織り、カーゴショートパンツに足下はカラフルなハイカットスニーカーというファッションに身を包んで、いつもどおりの魅力的なオーラを放っていた。

「あっ、レナちゃん」

「今日はどうしたの?」

「う、うん。あの、従兄弟がどうしてもって言って、臨時のバンドメンバーとして練習することになって……。あっ、今日だけね」

「ふ~ん。スタジオは、AとBの二つがあるんだけど、どっち?」

「Aスタジオって言ってた」

「たぶん、他のメンバーは、もうスタジオに入っているんじゃないかな。私が案内してあげるわ」

「えっ、良いよ。自分で行けるから」

「これも立花楽器店のサービスだっていうことで……」

 レナはニコニコ笑いながら、ナオを先導して来客用エレベーターに乗せ、二人で三階に上がった。

 エレベーターのドアが開くと、廊下が真っ直ぐ伸びており、その廊下に向かい合って密閉用防音扉があり、それぞれに「A」、「B」と大きく書かれていた。

 レナは、「A」と書かれた扉のノブを押し下げながら、中に入った。

「お待たせ」

「……?」

 疑問に思いながらも、ナオはレナの後について、スタジオの中に入った。

 そこには、カズホ、マコト、そしてハルがいた。

「……!」

 ナオは、今、自分の身に起きている事態がまったく理解できなかった。

「佐々木君! どうしてここに?」

「それはこっちのセリフだよ。水嶋こそどうして?」

 カズホ達もナオが来たことを驚いているようだった。

 レナは、スタジオの扉を閉めると振り向いて、ジャケットのポケットから一通の便せんを取り出した。

「ショーコさんからのメッセージを預かっているから読んでみて」

 レナは、ちょっとバツが悪そうに、便せんをナオに渡した。

 カズホ達がナオの周りに集まって来て、便せんに書かれたショーコからのメッセージを一緒に読んだ。

『ナオちゃん。カズホ。マコト。それからハル君。ごめん。これは、私が仕組んだ陰謀なのだ。ナオちゃんが、カズホ達のバンドとなかなか合わせてくれないという話をレナちゃんから聞いて、私が思い立って仕組んだことなの。ナオちゃん。ナオちゃんがこのメッセージを読んでいるっていうことは、スタジオの中でカズホ達と一緒にいるっていうことだよね。ナオちゃんなら絶対、大丈夫。だからもう逃げちゃ駄目! ナオちゃんだって、このままで良いって思っていないでしょ? カズホやレナちゃんは、ナオちゃんが閉じこもっている殻を必ず破ってくれるはずだよ。 追伸:今日は実際にその場にいて、こんな手段を採ったことをみんなに謝らなくてはいけないのだけど、レナちゃんが自分達だけで解決させるから今日は来ないでほしいって言ったから、そこには行きません。私みたいな部外者がいない方が良いと私も思ったからね。その分、後日、何らかの埋め合わせをするよ。それじゃ! 祥子』

 メッセージを読み終わって、マコトが納得したように言った。

「ショーコさんの陰謀だったのか。何か、急に話が決まったから変な気はしたんだよなあ」

 ナオは、しばらく呆然としていたが、ふと、これまで自分が意図的に避けてきた状況に陥っていることに気がついた。

(駄目! 佐々木君と一緒にバンドなんてできない……)

「あ、あの、私、帰ります!」

 ナオは振り返り、ドアのノブに手を掛け、スタジオを出ようとした。

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