06
ナオ達が入った時、店内には心地良いサキソフォンの音色が流れていた。
「マスター、久しぶり」
ショーコは、カウンターの奥の方に座ってパイプをくわえていた初老の男性に声を掛けた。
頭にはニット帽をかぶり、おそらく老眼鏡であろう縁なし眼鏡を掛け、白髪交じりの口髭と顎髭を蓄えていたが、温和な性格がにじみ出ているかのような好々爺という感じだった。
マスターは、ニコニコ笑いながら立ち上がった。
「やあ、ショーコちゃん、久しぶりだね。今日はどうしたんだい?」
「うん。我が母校、都立美郷高校に従兄弟が転校して来たんで、久しぶりに学校の近くで会ったのよ。で、そのついでにドールにも寄ってみたわけ」
店内には、カウンター席に二人の客がいるだけであった。ショーコとナオが入り口に一番近いテーブルに向かい合って座ると、ほどなくマスターがお冷やを持ってきた。
「いらっしゃい。何にしますか?」
「私はブレンド。ナオちゃんは?」
「それじゃあ、カフェオレをください」
「はい」と言って、マスターはカウンターの中に戻った。
「ところで、ナオちゃん。福岡には四年間いたんだっけ?」
「うん。中学の三年間と高校一年まで」
「どうだった。福岡は?」
「うん、良かったよ。お父さんと二人きりで生活できたから」
「あははは。ナオちゃんも相変わらず正直者だね」
「あっ……、いえ。今が良くないっていうわけじゃなくって……」
「でも、そういう風に聞こえたけど」
「そんな……。もう、ショーコちゃん、虐めないで」
「あははは。ごめんごめん。でも、……正直な気持ちなんだよね」
「う、うん。……四年間インターバルがあったから、前よりもっと自然に接することができるかなって思っていたけど、……変わらなかった」
「そっか」
「自分が悪いのは分かっているの。お母さんと素直に向き合うことができない自分が嫌いで……。だから家では、なんか疲れちゃって……」
「そんなことじゃ、いつか潰れちゃうよ」
「私、どうすれば良いんだろう?」
「そうだなあ。ナオちゃんが潰れないようにするためには、本当の自分をお母さんにぶつけるしかないんじゃないかな」
「本当の自分?」
「ナオちゃんはお母さんに対して遠慮しすぎなんだよ。ナオちゃんはそんなに引っ込み思案な女の子じゃないでしょ」
「それは分かっているんだけど……」
「とにかく家にいるだけでストレスを感じてちゃ、本当に駄目になっちゃうよ」
「とりあえずは帰宅時間を少しでも遅くしたいと思ってて……。今日も、ショーコちゃんが誘ってくれて嬉しかったんだ。それだけ家に帰る時間が遅くなるから」
「でも、私も毎日は誘えないよ」
「そうだよね。……明日からどうしようかな?」
「クラブやれば。福岡ではバンドをやってたって、おじさんから聞いたけど」
「うん。中学の三年間はずっと女の子ばかりのバンドでキーボードを弾いていたんだ。楽しかったなあ。高校に入学して仲間と離れ離れになっちゃって、去年はしていなかったけどね」
「それじゃあ、こっちでも軽音楽部に入部すれば良いじゃん。こう見えて私も美郷高校軽音楽部のOGだからね」
「そうなんだ。ショーコちゃんがバンドをやっていたなんて初めて聞いたなあ」
ショーコは親戚の中でも一番歳が近く、色々と相談には乗ってもらっていたが、お互いの自宅が近くにあったわけではなく、それほど頻繁に会っていたわけではなかったから、ナオは、ショーコが美郷高校に通っていたこととか、軽音楽部でバンドをやっていたことは、今日、初めて知った。