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四月最後の週の月曜日。
二年一組の教室では、担任の平野が今週末の徒歩き大会について説明していた。
「今週の金曜日は、毎年恒例の徒歩き大会だ。男子と女子がお互いに励まし合って、十二キロ先のゴールを目指して休憩なしで歩くという、我が校伝統の行事だ。男子と女子のペアについては希望を受け付けるから、二人の希望が合った者は、明日の下校時間までに私まで申し出るように。ペアは別に学年やクラスが一緒でなくても良いから、兄弟なんかでも良いぞ。特に申し出がなければ、私の方でランダムに組み合わせを行う。組み合わせについての苦情は一切受け付けないからな」
「水嶋、一緒に歩こうぜ」
カズホが前の席から振り向きざまに小さな声で言ってきた。
「えっ」
「このクラスの女子の中では、水嶋しかまともに話せる奴はいないからなあ」
「でも、他のクラスにはいるんじゃないですか?」
ナオの頭にはレナの顔が浮かんだ。
「えっ、俺と一緒じゃ嫌か?」
「そ、そんなんじゃないんです。……本当に、私なんかで良いんですか?」
「もちろん」
「……分かりました。あの、よろしくお願いします」
「平野には俺から言っておくよ」
その日の夕方。軽音楽部の部室では、マコト、カズホ、そしてハルが練習前のミーティングをしていた。もっとも話題は徒歩き大会のことで、マコトのグチにカズホが突っ込みを入れていた。
「しかし、かったるいよな。今年もやるのかよ」
「伝統行事って言ってたじゃないか」
「伝統に縛られていると、新しいことが見えなくなってくるんだよ」
「突っ込みどころがないんだが」
「良いよ。別に突っ込んでくれなくても。ところで、カズホはペアの女子を決めたのか? 確か、去年は上級生の女子から指名を受けて、やむなく一緒に歩いていたもんなあ」
「今年は、水嶋と一緒に歩くことにしたよ」
「ああ、あの三つ編み娘か。なんだ、やっぱり、けっこう、仲良しなんじゃね?」
「違うって。他に、これといって一緒に歩きたいって女子がいなくて、消去法で水嶋になったってことだよ」
「ふ~ん。それじゃ、ハルは誰かとペアになったのか?」
「じ、実は、立花さんから誘われて一緒に歩くことになったんだ」
「レナと」
「ハルが?」
「やっぱり変かな?」
「いや、レナのことだ。一緒に歩いても一番騒がれそうにない男子を選んだのかもな」
マコトが冷静に分析をした。
「うっ、自分でもそう思っているけど、人から言われるとなんか悔しい」
「そういうマコトはペアはできたのか?」
「いや。徒歩き大会自体、興味はないし、担任に適当に選んでもらうさ」
その時、たまたま二年生バンドの練習場所に機材を取りに来ていた一年生部員がマコトに声を掛けてきた。
「あ、あの、武田先輩!」
「んっ、村上か。どうした?」
声を掛けてきたのは、一年三組の村上美香だった。新しく入部した一年生で、ギターを担当している、ショートカットで目が輝いている活発そうな女の子だった。
「あの、もし、よろしかったら、私と一緒に歩いてもらえませんか?」
「えっ」
「武田先輩と、ギターのこととか色々と話をしたかったんです。歩きながら話ができたら良いなと思って……。あの、駄目ですか?」
マコトは、その容貌から怖い人というイメージがあり、女子のファンもいるのだが、カズホのように女子から声を掛けられることは今までなかったから、マコト自身、ちょっとびっくりしているようだった。
「い、いや。俺は全然OKだよ」
「本当ですか。良かった~」
早速、カズホが茶々を入れる。
「マコトが女子から誘われるなんて、天変地異の前触れかな」
「うるせえ! でもまあ、三人とも知り合いでペアになったんだから、みんなで一緒に歩くか」
「そうだな。のんびり、しゃべりながらでも行くか」




