05
その日の放課後。
ナオは、久しぶりに従兄弟のショーコと会う約束をしていた。
ショーコは、ナオの父親の姉の子だった。ナオより四歳年上で、都内の大学に通っていた。ナオにとっては、昔から姉のような存在で、一番の相談相手でもあった。
待ち合わせ場所は、今朝もナオが通学で利用した私鉄の駅の改札の前だった。
ナオが走って待ち合わせ場所に行くと、ショーコは既に改札の側に立って待っていた。白いシャツに黒いジャケットを羽織り、ダメージ加工を施したジーパンを履き、足元はショートブーツという格好。女性としては長身でスタイルが良く、ショートヘアをメッシュで金色に染めていたが、メイクはナチュラルな感じで、ナオが知っている高校生の頃のショーコと、それほどイメージは変わってなかった。
「ショーコちゃん、久しぶり」
「あっ、ナオちゃん、久しぶり。……って、まだその髪型してるんだ」
「え、え~と、まあ……」
「変わってないなあ。……ところで、立ち話もなんだし、この近くに、私がよく行ってたジャズ喫茶があるから行ってみる?」
「ジャズ喫茶が……。うん、行ってみよ」
「OK」
ショーコは、学校の方向に歩き出した。ナオは、やって来た道を引き返すことになった。
「ところで、ナオちゃんは、まだジャズは聴いているの?」
「うん。今もお父さんのコレクションから時々ね」
「そうか~。福岡にいた時には、他に誰もいなかったから好きなだけ聴けたんじゃない?」
「そうだね。平日は、お父さんが仕事から帰って来るのが遅くて、夕食はいつも一人で食べていたから、BGMとしていつも聴いていたなあ」
「へえ~、良いねえ。……んっ、ということはナオちゃんが自分で料理していたの?」
「そうだよ。だって他に作ってくれる人はいなかったんだもん」
「へえ~、ナオちゃんが料理かあ。前に会ったのは、まだナオちゃんが小学生の時だったもんねえ。ちゃんと成長しているんだね」
「へへへ」
「福岡では彼氏なんかできた?」
「えっ、そ、そんなわけないよ~」
「まあ、その髪型が変わっていないということはそういうことなんだろうね」
「う、うん。……ショーコちゃんこそ彼氏いるの?」
「カッカッカッ。彼氏の一人や二人、いつでも調達できるって」
「ということは、今は、いないってことじゃないの?」
「男に束縛されるのは嫌いだからね。アタイは」
「なんか負け犬の遠吠えにしか聞こえないんだけど」
「あ~、言うようになったなあ。この~」
ショーコはナオの頭を拳でグリグリした。
「いたた。痛いよ、ショーコちゃん」
「ははは。あっ、着いたよ。ここ」
郊外の商店街の一角にその店はあった。古びた洋館のような外観で、壁の一面にはツタが絡まっていた。店の横には三台分の駐車場もあったが、車は止まっていなかった。入り口横の上部から突き出た金属棒には中世ヨーロッパ風の木の看板が掛けられており「DOLL」と刻まれていた。
「ドール?」
「そう。喫茶店のドールで『サテンドール』な~んてね」
二人はガラスがはめ込まれた木製のドアを引いて中に入った。ドアに付けられているベルが店内に響く。
店内には大きな窓から外の光が差し込んでおり、その外観からは想像できないほど明るく広く感じられた。入り口を入ると、右側が奥に向かってカウンター席になっており、カウンターの背後の壁面の手前半分は食器棚、奥の半分はCDの収納棚になっていた。
一方、入り口を入って左側には、奥に向かって窓ごとに四人掛けの四角いテーブルが三卓、いや、よく見ると柱の後ろにもう一卓あり、合計四卓あった。店内には沢山の観葉植物が置かれていたが、それと同じくらいに多くのアンティーク人形が置かれており、ドールという店名の由来なのかも知れなかった。