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マコトと別れたカズホは、今日もドールにやって来た。
いつもの席にいつもの女生徒の後ろ姿。その光景に安心するカズホだった。
「よう」
「あっ、こんにちわ」
「水嶋。これ、借りていたCD。毎度毎度ありがとな」
カズホは鞄からCDを取り出して、ナオに手渡した。
「いいえ。どうでした?」
「ああ。また、耳にタコができたよ」
「ふふふ。あれ……、佐々木君。手から血が出てる。どうしたの?」
さっき不良相手に暴れた時にできたのだろう。右手の甲に傷ができ、少し出血していた。
「ああ、これか。大したことないよ」
「でも、汚れているし……。消毒した方が良いですよ」
「大丈夫だって。こんなの」
「ちょっと待って」
ナオが隣の席に置いていた鞄から茶巾袋を取り出し、更にその中から、ティッシュと携帯用消毒薬とカットバンを取り出した。ナオが消毒薬をティッシュに湿したかと思うと、カズホの右手がいきなり掴まれ、ナオの方に引き寄せられた。ナオがカズホの右手の傷付近をティッシュで拭き始めた。
「痛てっ」
「ああ、ごめんなさい。でも、すぐ終わるから」
消毒が終わり、カットバンを傷口に手際よく貼るナオを見て、カズホはちょっと照れてしまった。
「はい、これで大丈夫。とりあえずカットバンを貼っておくから、家に帰ったら、ちゃんと手当してくださいね」
「ああ、サンキュー。……消毒薬、いつも持ち歩いているのか?」
「これ? ……ああ、そうだ。中学でバンドをしている時、ギターの女の子が、よく弦で指を切っていたの。それでこの応急手当セットを持ち歩くようになったんだった。今でも持ち歩くのが癖になってるみたい」
「へえ~、水嶋って優しいんだな」
「えっ、そ、そんなことはないです」
ナオは照れたように顔を赤くしながら、ちょっと俯いた。
「でもさ、できればカットバンは普通のやつが良かったかな。俺には、可愛すぎるぜ」
カズホの右手には、熊らしきキャラクターのイラストの入ったカットバンが貼られていた。
「もう、贅沢言わないんです! 剥がしちゃいますよ」
「待て待て。せっかく貼ったんだから剥がさないでくれよ。でも俺のイメージ的には龍とか虎とかのイラストの入ったカットバンがあればなあ」
「そんなの見たことありません! 代わりにウサちゃんカットバンも貼ってあげます」
ナオは、本当に、ウサちゃんカットバンをクマちゃんカットバンに重ねて貼ってしまった。
「おいおい」
「すごく似合ってますよ。ふふふ」
ナオは、両手で口を隠しながら笑い転げた。
そんなナオを見て、なんかほのぼのとした気分になり、カズホも自然に笑顔になっていた。
その頃、北岡は、ちょっと遅れて塾に着き、授業を受けていた。
大規模な進学塾で、合格率を上げるために、塾内でも成績が悪ければ退塾させられることもあった。
塾講師が講義の合間にも、生徒のモチベーションをあげるためのアジテーションをしていた。
「大学受験は、周りの人との戦いであるとともに自分との戦いです。この二つの戦いに勝利してこそ、輝かしい栄光を掴むことができるのです」
(戦い……)
北岡は、ぼんやりと公園での出来事を考えていた。
今日は勉強どころではなかった。




