09
校門を出た北岡は、腕時計を見た。
「あれっ、けっこう時間が掛かったんだなあ。そんなに長い時間、話したつもりはないんだけどなあ」
塾の時間に遅れそうだった。
北岡は近道をしようとして、通学路に面してある小さな公園の中を小走りに抜けようとした。公園の中に、見るからに不良のような三人組を見つけたのは、彼らに相当近づいてからだった。やはり、マコトの言葉が気になって、周囲への注意力が低下していたのかも知れなかった。
(あっ、あぶない!)
北岡は三人組を避けようとしたが、避けきれずに、その中の一人の肩に自分の肩をぶつけてしまった。
「いてえ~。どこ見てんだよ!」
「おい、てめえ! 何やってんだよ!」
案の定、三人組は北岡に絡んできた。
「すみません。急いでいたもので」
北岡は頭を下げながら謝ったが、三人組は北岡を取り囲むように迫って来た。
「いててて。こりゃ、骨が折れているかも。すげえいてえ~」
「そ、そんな……。そんなに強くぶつかっていませんよ」
「なんだと! こんなに痛がっているじゃねえかよ。こりゃあ、病院に行かなきゃならねえかもな」
「そうだよ。治療費出せや。そっちからぶつかってきたんだろうがあ!」
「そんな……」
通りの方を見ると、何人か同じ制服を着た学生が見えたが、みんな、足を速めて去って行った。
「おい、兄ちゃん。どうすんだよ! 金出すのか出さねえのか。どっちなんだよ!」
三人組の真ん中に立っていた男が、北岡の胸ぐらを掴んで、恫喝し始めた。
「出さねえって言うんなら、こっちにも考えがあるぜ」
「おう、目には目を、歯には歯をってな」
「お金は持っていません」
「それじゃあ、鞄かポケットの中を調べさせてもらおうか」
左右の二人が鞄を取ろうとしたり、北岡の制服のポケットを探り出した。
「止めてください!」
北岡は、体を捻りながら抵抗しようとしたが、胸ぐらを掴まれて、ほとんど身動きできなかった。
――その時!
「何やってんだ、おまえら! 三人がかりか!」
北岡が振り向くと、マコトとカズホが立っていた。
マコト達を見て、三人組は一瞬、怯んだようだったが、数を頼んでか、すぐに立ち直り、マコト達に向かって吠えた。
「何だよ。てめえらはよ! 怪我したくなかったら邪魔すんなよな!」
「怪我? 誰が?」
「てめえ、ざけんじゃないぞ! おらー!」
肩が痛いと言っていた不良がマコトの胸ぐらを取り、威嚇するが、マコトは怯むことはなかった。
「ふざけてなんていねえよ。それより、てめえら。俺らの友達に何してんだよ?」
(俺らの友達!)
北岡の心に、マコトの言葉がズシンと重く飛び込んで来た。
「何いきがってるんだよ! この野郎!」
マコトの胸ぐらをつかんでいた不良がマコトの顔面にパンチを一発食らわせた。しかし、殴られたマコトの顔は笑っていた。
「へっ、先に手を出してくれやがったな。そいじゃあ遠慮なく。カズホ!」
「おう!」
マコトとカズホは、不良三人組を、あっという間にボコボコにしてしまった。三人組は、足を引きずりながら逃げて行った。
「くそ~、憶えてろよ!」
「何で、てめえらの顔を憶えてなきゃいけねえんだよ。ば~か」
カズホが北岡に近寄って来て、心配そうに声を掛けてきた。
「北岡、大丈夫か? 怪我は?」
「う、うん、大丈夫。それより君達は?」
「へっ、あの程度のパンチでくたばるほどやわじゃねえよ」
「あいつの拳骨の方が壊れたんじゃないか?」
「かもな。はははは」
「あの、……どうもありがとう」
北岡は素直に感謝の気持ちを二人に伝えた。
「よせよ。照れるじゃないかよ」
マコトは本当に照れているようだった。
「でも、どうして助けてくれたの?」
「はあ?」
「……?」
マコトとカズホは北岡の質問の意味が分からなかったようだ。
「何人か同じ学校の生徒が通り過ぎたけど、みんな見て見ぬ振りだった。そうだよね。誰だって喧嘩に巻き込まれるのは嫌だからね。でも、君達はどうして?」
「どうしてって言われても……。なあ、カズホ」
「そんなに特別な理由はないんだけどな」
「そうそう。友達が困っているときには助けましょうって、小学校でも教わったよな」
「ははは。確かに」
「……」
マコトとカズホは、地面に置いていたギターケースと鞄を抱えながら、北岡の方を向いた。
「それじゃあな、北岡。気が向いたら、また部室に来てくれよな」
「じゃあな」
マコトとカズホは、それだけ言うと二人揃って公園から去って行った。
北岡は呆然と立ち尽くすことしかできなかった。




