08
翌日、二年五組の教室。
休憩時間中、北岡は自分の席で参考書を読んでいた。小さい頃から優等生として成績が良かったことから、両親も北岡の将来に期待しているようだった。その期待に応えたいと思い、勉強に励んでいたが、中学校時代にやっていたバンド活動を忘れることができず、勉強漬けの毎日にやや嫌気が差していた。
(勉強も嫌いじゃないけど、やっぱり息抜きも必要だよね。なんか、すんなり頭の中に入らないし……)
そんなことを思っていると、北岡の席の側に、レナがやって来た。
「北岡君」
「あっ、立花さん」
「ちょっと、良いかな?」
北岡の鼓動が速まった。
「なに?」
「あのね。この前、私が楽器店で聞いた話……。北岡君が、昔、ドラムをやっていたということを友達にしゃべっちゃったら、ぜひ一緒にバンドやりたいってことになったみたいで……」
「はあ?」
「軽音楽部の二年生バンド、知っているでしょ?」
「あの、六組の武田君と一組の佐々木君のバンドでしょ」
「そうそう。その二人のバンド、ドラムが脱退してしまって、今、メンバー募集中なのよ。北岡君、入ってみない?」
「二人の演奏を直接聴いたことはないけど、すごく上手いっていうじゃない。僕なんかじゃ役不足だよ」
「そんなことないって。とりあえず話だけでも聞いてあげて。入る入らないは、もちろん北岡君の自由だし……。ねっ」
「う、うん。まあ、話を聞くだけなら」
「本当? じゃあ、放課後に軽音楽部の部室で。たぶん、二人が迎えに来ると思うから」
「わ、分かった」
「どうもありがとう」
レナはそれだけ言うと、微笑みながら自分の席に戻って行った。
そして、放課後。
マコトとカズホが五組の教室にやって来た。
「北岡、悪いな。とりあえず、軽音楽部の部室まで来てくれないか?」
「う、うん」
北岡も平均的な身長なのだが、長身のマコトとカズホに挟まれて歩くと、なんだか二人に拉致されているように見えた。
軽音楽部の部室に入ると、ギターやベース、そしてドラムセットが置いてあるのが見えた。バンドをやらなくなって一年しか経っていないのに、楽器がある風景の中にいたことが何だかすごく昔のように感じられた。
北岡は、部室の中にあるテーブルを挟んで、マコトとカズホと向かい合って座った。
マコトが熱く語り始めた。
マコトから話を聞いた北岡は驚いた。同じ高校生なのに、なぜこんなにハッキリと自分達のやりたいことが明確になっているのだろうかと。
自分はどうだろう?
塾に行って勉強をして、目標の大学に入るところまでは、あくまで予定ではあるが、レールは引かれている。しかし、その先は、大学を卒業して、どんな仕事をしたいのか。北岡は、そこまではまだ考えていなかった。しかし、マコトとカズホには、その先まで、既に自らレールを引こうとしていた。
「でも、北岡は北岡の人生設計があるだろうから、そんなところまでは俺たちも干渉するつもりはない。でも、こんな俺たちと同じ高校にいる間、軽音楽部のバンドで一緒に好きな音楽を演奏してくれる人間、同じ感動を味わえる人間を探しているんだ」
マコトのこの言葉に北岡も心を動かされた。
北岡が中学校時代にやっていたバンドは自ら進んで始めたわけではなかった。ギターやボーカル担当の同級生が、自分たちが目立ちたいがためにバンドを組んで、そのバックを演奏させるために、反抗的な口を利くことができない北岡を半強制的にドラムにしたのだ。しかし、メンバーの中でバンド活動に一番ハマッたのが北岡だった。中学三年生の頃には、音楽的には北岡のドラムがそのバンドを引っ張っていた。
高校に入って、北岡も当初は軽音楽部に入部したいと考えていたが、両親から勉学を優先させるようにと言われ、また、塾に行くことにもなっていたことから、入部することを自分で諦めていた。
しかし、家にあるドラムの練習セットは、まだ処分していなかった。いつかは、また、バンドができるのではないかとの希望まで捨てることができなかったからだ。だから、マコト達から軽音楽部への入部を勧誘されたことは、北岡にとっては、本当は夢のようであった。塾も、始まりの時間が遅いコースに変更すれば、放課後、バンドの練習をすることは可能だった。北岡は、軽音楽部への入部について真剣に考えたくなった。
「武田君達の話を聞いて、自分なりに考えたくなったところはあるよ。でも、しばらく時間をくれないかな」
「ああ、本当に北岡がやりたいって思って入ってくれることが大切だと思っているからな。今日明日にでも返事をくれとは言わないよ。じっくり考えてくれ」
「もちろん、入る入らないは北岡の自由だから。もし入らないっていう結論になったとしても全然、大丈夫だよ。でも、そうなったとしても、同じ音楽を愛する仲間として、これからも付き合いをさせてくれよ」
マコトに続けてカズホも北岡に言った。
「う、うん、分かったよ。……それじゃあ、今日は、これから塾があるから、もう帰るよ」
「ああ、話を聞いてくれてありがとな」
「うん、それじゃあ」




