07
マスターが料理と飲み物を運んで来た。今日のカズホの夕食は、豚肉の生姜焼き定食だった。
「みんな悪い。俺、食事しちゃうから」
マコトもレナも笑顔で頷いた。
「しかし、俺もカズホも、その北岡って奴と話をしたことがないからなあ。いきなり別のクラスのどこの誰だか分からねえ奴が勧誘するのもなんだから、レナからまず話してもらうっていうのはどうだ?」
「良いわよ」
「レナに声を掛けられたら、ほとんどの男子生徒はホイホイついてくるだろうから、レナに色仕掛けで部室まで連れて来てもらって、そのまま拉致しちゃうか?」
「お前は、どっかの国の工作員かよ」
「それとも、今、入部したら、ポイントが三倍付くとか、お得感を匂わせながら勧誘するのも手だな」
「何のポイントだよ?」
「軽音楽部の練習に一日参加すると一ポイントが貯まって、百ポイントになると、レナとデートができるとかさ」
「何で私がポイントと引き替えの商品になるのよ!」
「軽音楽部員として協力するって言ったじゃんか。それくらいの覚悟はないとな」
「それじゃ、せめて千ポイントにして」
「それじゃあ、在校中に達成不可能じゃねえかよ」
「百ポイント貯まると、マコト部長からキスのご褒美があるっていうのはどう?」
レナが対案を示すと、カズホが突っ込んできた。
「そんな拷問が待っているクラブに誰が入るんだよ」
「ちょっと待て、カズホ! 俺のキスが拷問っていうのはどういうことだよ?」
「俺だって、そんな辱めを受けるくらいなら、海パン一丁で校庭を逆立ちで十周するほうが、よっぽど良いぜ」
「どんな比較だよ」
「はははは」
「ふふふふ」
(みんな、良い雰囲気だなあ。男子と女子でも、こんなに気取らないで話ができるなんて、何だか羨ましいなあ)
ナオは、レナとマコトとは、今日、初めて話をしたにもかかわらず、彼らの仲間に入りたいと思った。カズホの友達だからというわけではなく、今、この四人でいる空間に何となく居心地の良さを感じていたからだ。男子もいるグループで、そんな気持ちになったのは初めてだった。
「水嶋さん」
バンドの話が一段落すると、再び、レナがナオに話し掛けてきた。
「水嶋さんは、どうしてドールに来るようになったの?」
「あ、あの、従兄弟に連れられて来て……」
「従兄弟?」
「水嶋は、ショーコさんの従兄弟らしいんだ。ショーコさんに連れられて来たらしいよ」
また、ナオに代わってカズホが答えてくれた。
「ショーコさんの従兄弟! へえ~、世の中狭いなあ」
マコトが驚いたようにナオの顔を見ながら言った。
「ショーコさんって誰?」
「あっ、レナは知らないかな。軽音楽部のOGだよ。ショーコさんが来たのは、レナが休部してからだったかな?」
マコトが記憶を辿るように、腕組みをしながら答えた。
「ふ~ん、そうなんだ。先輩に軽音楽部に来てもらって、鍛えてもらうってこと?」
「まあ、そんなところだな。ショーコさんもボーカルをやってて、けっこうイケてるぜ。なっ、水嶋?」
従兄弟だから、当然、ショーコのステージを見ているはずと思ったのか、マコトがナオに話を振ってきた。
「あ、あの、私、実はショーコちゃんのステージは、まだ見たことはないんです」
「えっ、そうなのか?」
マコトは意外という表情をしていた。
「は、はい。ショーコちゃんは、どちらかというと、いろんなことの相談に乗ってくれるお姉さん的な存在で、ショーコちゃんがうちの高校の軽音楽部のOGだってことも、ついこの前、知ったくらいなんです。私が音楽を始めたのは父親の影響なんです」
「父親の影響って?」
「親父さんがジャズ好きで水嶋もけっこうジャズに詳しいんだよ。聴きたかったCDも色々と貸してもらっているんだ」
レナがナオに訊いた質問だったが、やっぱりカズホがナオに代わって答えた。
「ふ~ん、そうなんだ」
レナは、何かに納得したように頷くと、頬杖を付いて微笑みながら、ジャズの話を始めたナオとカズホの二人を眺めていた。
「水嶋。今借りているCD、やっぱり最高だな。もうちょっと借りてて良いか?」
「はい、どうぞ。お父さんには、しばらく借りておくって言っているから」
「そうか。あと、ドナルド・キーンの『セレブレイトナイト』っていうアルバムないかな? あれば聴いてみたいんだよ。CDショップにも置いてなくてさ」
「じゃあ、探しておきますね」
「サンキュー、水嶋」
「お前ら、本当にジャズが好きなんだな」
ジャズの話で盛り上がるカズホとナオに、マコトが茶々を入れてきた。
「マコトもそろそろジャズを聴きだしても良いんじゃないか」
「ジャズか。……まあ興味が無いことはないけど、ギター小僧は、やっぱロックだろ」
カズホとマコトが音楽談義に花を咲かせ始めると、ナオは、またレナから見つめられていることに気がついた。レナは微笑みながら、ナオに小さな声で話し掛けてきた。
「水嶋さん」
「は、はい」
「今度、ゆっくり話ができる時間取ってくれないかな。なんだか、私も水嶋さんと友達になりたくて、いろんなことをお話してみたいの」
「はい。あの、良いですけど」
「本当? ありがと。そのうち連絡するね」
ナオは、レナとは友達になりたいと思っていたが、レナの方からも友達になりたいと言われて、ちょっと不思議な感じがした。




