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音楽に対するカズホの真摯な姿勢に、ナオは今更ながら頭が下がる思いがした。
「佐々木君は、どうしてそんなに音楽が好きになったんですか?」
「そうだなあ。特に思い当たることはないんだけど、ひょっとすると、お袋があまりテレビを見ないでラジオをよく聴いていたからかな」
「佐々木君のお母さんはラジオが好きだったんですか?」
「お袋は、いつも体を動かしていないと死んでしまうと思えるくらい動き回る人でさ、じっと座ってテレビを見るということをしなかったんだよな。だから、その代わりにラジオを聴いていたって感じかな」
「働き者のお母さんなんですね」
「ああ、なんせ女手一つで俺を育ててくれたんだからな」
ナオは、自分の置かれている境遇に愚痴一つ言わないカズホを尊敬せずにはいられなかった。
(私の悩みなんて、本当はすごく我が儘で贅沢な悩みなのかも……)
「そのお袋が聴くラジオから流れる音楽を聴きながら俺も育ったからかな、小学校五年生の時の誕生日プレゼントにはギターがほしいってお袋にお願いしたんだよ。そしたら、あのスピーカー内蔵のぞうさんギターを買ってくれたよ」
「さ、佐々木君が、ぞ、ぞうさんギターを……弾いていたんですか?」
「水嶋。今の俺がぞうさんギターを弾いている場面を想像しているだろう?」
「そ、そんなことはないですよ。さ、佐々木君がぞうさんギターを……。くっ……」
「なに笑いをかみ殺しているんだよ。今度、目の前で弾いてやるぞ!」
「や、やめてください。……まだ死にたくないです。ぞうさんギターの殺傷能力……高すぎです。くう~」
「どんな最終兵器だよ」
カズホのクールなイメージに、ぞうさんギターのミスマッチぶりが壷にハマってしまい、ナオは両手でお腹を抱えながら俯いて、体を震わせていた。そんなナオを、カズホも怒ることなく、やさしく微笑みながら見つめていた。
「あ~、お腹痛かった。……でも、ぞうさんギターって、まだ持っているんですか?」
「さすがにもう無いよ。それに中学校に入る前には、ギターよりもベースの方に興味が湧いたからな」
「どうしてですか?」
「お袋に連れて行ってもらったイベントでバンド演奏があってさ、ギタリストがけっこう派手なアクションをしてて、子供心にも、ギターって、あんなに動き回らないといけないのかなって思ったんだ。自分の性格的には、その後ろの方で黙々と弾いていたベーシストの方が格好良いと思ったんだよな」
「子供の頃からクールだったんですね」
「ひねくれていたんだよ」
「ふふふふ」
「でも、今はベースをやってて良かったと思っているんだ」
カズホは穏やかではあるが真剣な顔付きに変わっていた。
「性格的にも向いてるからですか?」
「それもあるけど、マコトと一緒にバンドができるからだよ。二人ともギタリストだったら、同じバンドで演奏できたかどうか分からないからな」
「私も武田君とは話したことはないですけど、見た目のイメージ的にも正反対っていう感じですものね。ギターとベースだから良い感じになるのかも知れないですね」
「そうだな。とにかく俺、マコトとは、絶対、一緒にバンドをしたいんだ。レナが休部した後も、そのまま解散するのが嫌だったから、東田と斉藤を勧誘して入ってもらったんだよ。最初は良い感じだったんだけど、去年の秋くらいから溝を感じていたんだよな」
「……」
ナオは、自分のことを包み隠さず話してくれるカズホのことを羨ましく思う一方で、自分の悩みについて話すことができないことが情け無くなった。
(私も佐々木君みたいになりたいな。常に前向きで、なんでも一生懸命で……。佐々木君の側にいれば、いつか私もそうなれるのかな?)
「とにかく明日から、マコトとメンバー探しだよ。水嶋も二年生で楽器している奴がいるって情報を聞いたら、俺に教えてくれよな」
「う、うん」
ナオは、自分がカズホ達のバンドに入らないことに罪悪感を感じてきて、せめて、軽音楽部に入りたいという気持ちがあることだけでも伝えたいと思った。
「あ、あの、佐々木君」
「んっ?」
「わ、私……」
「……」
「あ、あの……」
やっぱり言えなかった。呪文がまだ心の奥深くで鳴り響いていた。
ナオは苦しくなってきて俯いてしまった。
「水嶋」
「は、はい」
ナオが顔を上げると、カズホが微笑みながらナオを見ていた。
「いざとなったらさ、俺とマコトが水嶋のバックで演奏しながら、水嶋がボケをかますって漫才トリオでも結成するか?」
「ど、どうして私が漫才トリオのセンターを務めなきゃいけないんですか~」
「いや、水嶋しかいないだろう。マコトのボケより数倍強力だからな」
「私は、ぞうさんギター並みの最終兵器ですか~」
「もちろん! トリオ名はやっぱり『ナオ&ぞうさんギターズ』ってとこかな?」
「なんか、……一発屋で終わりそうです」
「はははは。やっぱり、水嶋と話していると嫌なことも忘れさせてくれるよ。ありがとな」
「そ、そんな……」
ナオは、カズホのバンドに入ると言いたいのに言えなかったナオの気持ちを察してくれたカズホが茶化して話を終わらせてくれたことが、そして、話の中ではあったが、カズホが、レナと同じように、自分のことを「ナオ」と名前で呼んでくれたことが嬉しかった。




