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ドール―迷子の音符たち―  作者: 粟吹一夢
第三章 大事な友達
31/73

09

 その日の放課後。

 いつものように、ナオはドールで勉強をしていた。丁度、自分が大好きなピアノトリオの曲が掛かっており、また、カズホと仲直りできたこともあって、思わずメロディをハミングしながら宿題のドリルに鉛筆を走らせていた。

 そこにカズホが来た。カズホは、ナオの正面に座ると、持っていた鞄を乱暴に隣の席に置いた。

「よう」

「こ、こんにちわ」

 明らかに今朝のカズホと様子が違っていた。

「あ、あの、佐々木君。どこか調子が悪いんじゃない?」

「いいや。体調は悪くないけど、気分は最悪なんだよ。実はさ、伽羅のボーカルとドラムが本当に辞めてしまったんだよ」

「そ、そうなんですか?」

「ああ。まあ、遅かれ早かれ、こうなるとは思っていたけどさ。いざ、なってしまうと、今までは何だったんだって気分になってな」

「……」

「とりあえずは軽音楽部での活動を継続したいって考えているから、マコトと一緒に、学内でメンバーを捜してみようかと思っているんだ」

 ナオは、また、カズホから軽音楽部に勧誘されるかと思ったが、カズホからそんな話は出なかった。

「それでもメンバーが見つからなかったら、軽音楽部としてではなく、マコトと俺とで学校を離れてメンバーを募集することも最終的には考えているんだ。ただ、そうなったら練習場所が困るんだよな。軽音楽部だと部室で練習できるけど、学校と関係のないバンドだと練習場所を確保しなきゃいけないし、スタジオとか借りると、けっこう出費がかさむしな」

「そうですね」

「まあ、何とかなるって、マコトも俺も楽観的に考えてはいるんだけどな」

 確かに、カズホの様子を見る限りは、深刻に悩んでいるという感じではなかった。カズホやマコトくらいのテクニックがあれば、一緒にやりたいというメンバーはすぐに集まるだろう。

(どうしよう? 佐々木君が困っているのを助けてあげたいけど……)

 そんな時、また、いつもの呪文がナオの頭に響き始めた。

(駄目! 佐々木君と一緒にバンドなんてできない。私には、こうやって話をすることしか許されないの)

「水嶋」

「は、はい」

「水嶋に誤解されたくないから、レナのことをちゃんと話しておくよ」

 レナとカズホの仲をナオが誤解していたことを、カズホも気になっていたようだ。

「俺が軽音楽部に入部したとき、マコトとレナも一緒に入部したんだ。マコトとレナは幼馴染みでさ、小学校からずっと同じ学校に行ってたらしくて、マコトがレナのことを『レナ』って呼んでいたから、俺も自然にそう呼ぶようになったんだ」

「そうなんですか」

「最初は三人でバンドをやってたんだ。ドラムがいなかったから、打ち込みで練習をしていたんだけどね」

「立花さんは、何のパートを担当していたんですか?」

「レナは、さすが楽器店の娘って感じで、マルチプレイヤーなんだけど、軽音楽部ではボーカルとサイドギターを担当していたよ」

 ナオは、レナの容姿を思い出して、ステージでスポットライトを浴びて輝いているレナの姿を想像した。

「でも、一回もステージを踏むことなく、レナは軽音楽部を辞めてしまったんだ。正確にいうと、休部届けを出して休部中なんだけどさ」

「立花さんは、どうして休部しているんですか?」

「はっきりとは理由は聞いていないから、俺には分からないけど……」

 カズホには、何かしら思い当たる節があるようだったが、それ以上は何も言わなかった。

「でも、レナは本当に音楽が好きで、休部中でも、俺やマコトとは、よく話はしているんだよ。昨日も、最初は新入生歓迎ライブの時の演奏について話を訊いていたんだけど、話題が立花楽器店の川村さんのことになってから、話が盛り上がってさ」

「川村さんって、いっぱい伝説を残しているって言ってましたよね?」

「川村さんは、本当に楽器のことが好きなんだよ。リペアを依頼された楽器が雑に扱われているかどうかは、楽器を一目見ると分かるらしくて、もっと大切に扱わないからリペアに出すことになるんだって、客に対して説教することもあるからな」

「すごい人ですね」

「でも、リペアの技術は確かだし、楽器に対する愛情は、俺もかなわないくらい大きいんだよ」

「佐々木君は川村さんのことが好きなんですね?」

「ああ、好きだよ。俺、中学の時から、立花楽器店でバイトを始めて、最初は、接客とか雑用担当とかだったけど、どうしてもリペア作業をやりたくて、暇な時に川村さんに色々と教えてもらいながら、川村さんの手伝いをするようになったんだ。そうしているうちに川村さんにも認めてもらって、正式に川村さんの部下として働くようになったんだ」

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