07
次の日の朝。
ナオは、自分の部屋の小さな鏡台の前で、髪を三つ編みに編んでいた。ここ七年間は、ずっと毎朝欠かさずしている儀式だった。
ナオは、一晩寝て、昨日よりは冷静になって考えることができるようになっていた。
(私がおかしくなったのは、校門のところで佐々木君と立花さんが話しているところを見てからだ。あの二人を見て、急に心がもやもやして苦しくなったんだった)
ナオは、カズホとレナが笑いながら話をしている光景を思い出した。
ドールでは、自分にだけ見せてくれていたカズホの笑顔。クラスの誰も知らないナオとカズホのおしゃべりタイム。知らず知らず、自分はカズホの特別な存在だと思っていたのだろうか?
(私が佐々木君の特別な存在? 面白い話し相手という意味での特別な存在にすぎないんだよ。私、自惚れていたのかな? 自分が佐々木君に好かれているって……)
カズホから好きだと言われたことはないし、自分もハッキリとカズホのことが好きだって思ったことはなかった。ただ、ドールでカズホと話をするのが楽しくて会っていただけだ。
(きっと、立花さんこそ佐々木君の特別な存在なんだろうな。お似合いだし、昨日、立花さんと話している佐々木君は楽しそうだったし……)
そう思うと、ナオの目から涙がこぼれた。
(えっ、どうして?)
ナオは、涙の訳が分からなかった。しかし、レナに対する感情には、すぐに答えが出た。
(……私、立花さんが羨ましいんだ。佐々木君の特別な存在でいられる立花さんが。これって……嫉妬?)
カズホとレナが話しているときに、ナオの心の中に広がったドロドロしたものが、嫉妬心以外のものだという答えを見つけることはできなかった。
(私が嫉妬? 人に嫉妬するってこういう気分なの?)
ナオには無縁と思われた言葉だった。自ら恋することを避けてきたナオにとって、他の女の子に嫉妬を覚えるようなことになるとは思ってもいなかった。
それでは、流れた涙も嫉妬のせいなのだろうか?
違う気がした。カズホをレナに取られたことが悔しくて泣いたわけではなかった。
(そうだ。悔しかったんじゃない。悲しかったんだ)
自分にとって大事な物を無くしたような悲しさ。
カズホと出会って、まだ、一か月にもならないのに、カズホの存在が、ナオの中でこんなに大きくなっていたことに気付いた。
(こんなことってあるんだ。…………でも、佐々木君は、私から離れて行ったわけじゃない。ドールに行けば、これまでと同じように佐々木君は話をしてくれるはず。私は、佐々木君と話ができるだけで楽しいんだ。……そうだよ。別に、佐々木君の特別な存在になんかならなくても良いんだ。というか、なっちゃいけないんだ。こんな私が……)
そう思うと、ちょっと気が楽になったナオは、鞄を背負って自分の部屋を出た。




