06
四月も下旬となった、ある日の放課後。
ナオは、ミエコとハルカと一緒に下校していた。もっともミエコとハルカとは帰る方向が逆なので、一緒に帰るのは校門までだった。
ふと、ミエコが声を上げた。
「おお、絶景ですなあ!」
ナオがミエコの視線の先を見ると、校門の近くで、カズホとレナが立ち話をしていた。
カズホは、学校ではあまり見せない笑顔を見せながら、レナと話していた。レナもカズホを見つめながら笑顔で話していた。どう見てもお似合いのカップルだった。
ミエコも、二人が話している場面に初めて遭遇したのか、やや興奮気味にハルカに訊いた。
「やっぱり二人は付き合ってるのかな?」
「立ち話をしているだけで付き合っているってことはいえないと思うけどね。でも、やっぱり二人が並んでいると絵になるよね」
楽しげに話をしている二人の姿を見て、ナオは、なぜか虚しくなってきた。
そして、同時に、ドロドロしたものが心の中に暗雲のように立ち込めてきて、気分が重くなった。
ナオは、そんな気持ちでいる自分をカズホに見られるのが嫌だった。
「行こっ」
ナオは、ミエコ達を急き立てて歩き始めた。どうやら、カズホはナオに気がつかなかったようだ。
ナオは、校門を出ると、ミエコ達と別れて、自然とドールの方に歩いて行った。しかし、なんとなくドールに行っても仕方がないというような気がしてきた。
(なぜ? 佐々木君といつもと同じように話をすれば良いじゃない。佐々木君を待ってるって約束したんだし……)
そんなことを考えてながら歩いているうちに、結局、ナオはドールまで来てしまった。
(そうだよ。いつもと同じように、ここで勉強をしてから家に帰ろう)
「こんにちわ」
「いらっしゃい」
いつもどおりの飄々としたマスターの声を聞くと、ナオは、ちょっと心が安らいだ。
しばらくすると、カズホがドールにやって来て、いつもどおりに、ナオの正面に座った。
「よう」
「こ、こんにちわ」
ナオは、変な緊張感に体が支配された。
(他の男の子と話すときと同じような感じだ。どうして?)
「んっ、水嶋、どっか調子悪いのか? なんか元気ないみたいだけど」
「えっ、……ううん、大丈夫」
「そうか」
(私、どうしちゃったんだろう? 言葉が出ない)
カズホは、いつもどおりにナオに話し掛けてきた。しかし、今日のナオは、それを黙って聞いているか、たまに相槌を打つことしかできなかった。
「水嶋、やっぱり変だぞ。何かあったのか?」
ナオは、カズホと話ができないことが辛くなって、この場にいることに耐えられなくなってしまった。
「佐々木君、ごめんなさい。私、用事を思い出して……。先に帰るね」
「えっ、そうなのか」
「う、うん。……じゃあ、さよなら」
ナオは、テーブルの上に広げていた問題集とノートを片付けて鞄に入れ、カフェオレ代を払ってドールを出た。
(はあ~、何やっているんだろう。私……)
ドールを出て、ちょっと歩いたところで、ナオは立ち尽くしていた。
「水嶋!」
カズホの声に驚いて、ナオが振り向くと、ちょっと息を切らしたカズホがいた。
「佐々木君!」
「水嶋、忘れ物」
カズホは、ナオの携帯電話を差し出した。ナオは、携帯電話をテーブルの上に置いていたことを思い出した。
「あ、ありがとう」
「やっぱり、水嶋はどっか抜けているな」
そう言ったカズホの笑顔を見て、ナオは、カズホといつもどおりに話ができなかったことが悲しくなった。ナオの目から涙が一粒こぼれた。
「あっ、なんか傷付けちゃったか? すまん」
「い、いえ、違うんです」
「えっ?」
「佐々木君、どうしてそんなに優しいんですか?」
「いや、忘れ物見つけたら普通届けるでしょ」
「ううん、違うの。どうしていつも優しく私に話し掛けてくれるんですか?」
「うーんと……。言っている意味がよく分からないんだが……」
「私、佐々木君が優しく話し掛けてくれるから、なんか勘違いしてたみたいで……。さよなら!」
ナオは、駅に向かって走って行った。




