01
ナオが転校して来てから二週間ほど経ったある日。
その日の放課後も、ナオはドールに向かった。その日は、父親からお使いを頼まれており、買い物がてら時間を潰すことはできたのだが、ドールでの時間は、ナオにとって既に時間潰しとは言えなくなっていた。
いつもの席で勉強をしていると、カズホがやって来た。
「よう」
「こんにちわ」
カズホを待っていると約束した日以降は、入り口に背を向けた窓側にナオが座り、カズホがその正面に座るようになっていた。
「水嶋。これ、ありがとうな」
カズホが、ナオから借りていたCDを差し出した。
「あっ、もう良いんですか?」
「おう、もう耳にタコができるくらい聴いたから」
「耳にタコができたんですか?」
「イカじゃないぞ」
「あ~、なんか私を馬鹿にしてませんか? 私だって、イカとタコの違いくらい分かりますよ」
「例えば?」
「たこ焼きの中に入っているのがタコで、そのまま焼いて食べるのがイカです」
「あ、あのさ、水嶋はどっちが好きなんだ?」
「私は、断然、たこ焼き派です!」
「そうなのか」
「はい。外はパリッ、内はトロ~リがおいしいんですよね~。えへ~」
「まあ、水嶋の好みは分かったけどさ。なんでCDからたこ焼きの話になるんだよ?」
「えっ、あれっ、……どうしてでしょう?」
「はははは。さすが水嶋だ」
「もう~」
カズホが笑い転げているのを見ると、ナオは、自分まで楽しくなってきて、一緒になって笑った。
「でもさ、たこ焼きとは関係なく、そのCD、本当に良かったよ」
「そ、そうですか。あの、他にも聴きたいアルバムとかあれば言ってください。どんどん持ってきますから」
「えっ、良いのか?」
「はい。最近、お父さんのCDをよく借りているでしょう。それでお父さんから『誰かに貸しているのか?』って訊かれたから、私が『学校の友達にジャズが好きな子がいる』って言ったら、お父さんも喜んでいたんですよ。ジャズ好きの仲間が増えることは嬉しいみたいで、何でも貸してやれって言っているの」
「へ~、水嶋のお父さんって太っ腹なんだな」
「いえ、そんなに太ってないですよ。どっちかというと痩せている方かと」
「いや、別に水嶋のお父さんの体型なんて気にしてないから」
「えっ、……ふにゃ~。また、やっちゃいました」
「はははは。水嶋は天然百パーセントだな」
「自分では天然部分は五パーセントくらいだと思っているんですけど……」
「後の九十五パーセントは何だ?」
「理論的で冷静沈着な私……」
「お前、全然、自分のこと見えてないだろ」
「言ってて自分でも恥ずかしくなったんだから、もっとやさしく否定してくださいよ~」
「はははは」
笑いが納まった頃、ナオが広げていた問題集を見て、カズホが訊いてきた。
「ああ、そういえば、今日の宿題は、かなり広い範囲が出てたんじゃね?」
「はい。今、やってるけど、量が多いだけで、そんなに難しくないですよ」
「そうか。かったるいなあ」
宿題のことを訊かれて、ナオは、父親から頼まれていたお使いのことを思い出した。
「あっ、そうだ。佐々木君、ちょっと訊いて良いですか?」
「なに?」
「今日、CDショップに行きたいんですけど、この辺りで一番大きなCDショップって、どこにあるかご存じですか?」
「駅前のショッピングセンターの四階にあるよ」
「そうなんですか」
「CDショップで、何を買うんだ?」
「お父さんからお使いを頼まれていて、ジョージ・ステファンというサックスプレイヤーの『アトランティカ』というアルバムを買いに行きたいんです」
「ジョージ・ステファン? 知らないなあ。マスター! ジョージ・ステファンというサックスプレイヤー知ってる?」
カズホがカウンターの中にいたマスターに質問すると、すぐ答えが返ってきた。
「ああ、けっこう以前から活動しているけど、あまりメジャーじゃないから知っている方が珍しいかもね」
「そうなんだ。水嶋のお父さんって、本当にジャズのこと詳しいんだな」
「『アトランティカ』というアルバムは、ジャズ批評の雑誌を読んでて聴いてみたくなったみたいなんです。お父さんも普段は仕事が忙しくて、なかなかCDを買いに行けないから、私がよく代わりに買いに行ってるんです」
「へ~、そうなのか……。あっ、そうだ。水嶋。俺も一緒に行って良いか?」
「えっ、……あ、あの、場所なら分かりましたから……」
「いや、久しぶりにCDショップに行ってみたいんだよ。用事もなく、かつCDを買う金もなくCDショップに行くと、なんか虚しくなってしまうけど、一応、水嶋と一緒にCDを探すという目的があるからな。ぱぱっと飯を食べてしまうから、ちょっと待っててくれ」




