14
次の日から、ナオは、放課後になるとドールに直行することが日課になった。
家に帰る時を少しでも遅くするためという当初の目的は、それはそれでまだ存在していたが、ドールで待っててもらいたいというカズホとの約束を守るためという目的の比率が大きくなっていた。
もっとも、約束を守るためという表現は不正確であり、ナオ自身もカズホと話がしたかったからというのが、ナオの正直な気持ちであった。
ナオとカズホは、毎日、ドールで会った。教室では、ナオの頼みを聞いてくれて、カズホは他の女生徒と同じように、挨拶程度しかナオと話さなかったが、そのことで想いが募るのか、放課後、ドールで会った時のナオとカズホの会話は弾んだ。ジャズを始め音楽のこと以外にも色んな話をした。
しかし、ナオは呪文から解放されたわけではなかった。小学校四年生から囁かれるようになった呪文によって、ナオは自ら恋をすることを封印していた。
格好良い男の子に胸をときめかせたことはあったが、それは飽くまで憧れに過ぎず、それを恋に発展させようとは考えもしなかった。
カズホともっと仲良くなりたいと考えた時、いつもの呪文がナオの頭の中に煙のように立ち上ってきて充満してしまうのだった。
(私は可愛くないんだ。可愛くてはいけないの。佐々木君がドールで話をしてくれるのは、ジャズが好きな友達としてなんだ。私が佐々木君にとって、それ以上の存在になることなんてあり得ない。私は恋なんてできないの)
休日。
ナオは、カズホと会えなくて寂しさを覚えた。その寂しさを紛らせるため、久しぶりに自分の部屋に置いているキーボードの電源を入れた。
中古で買ったヤマハDX7。中学時代は、毎日、弾いていた。
ヘッドホンを付けて、昔、バンドでやっていた曲を演奏してみた。ほぼ一年ぶりに弾いたが、指が勝手に鍵盤の上を舞うように動いた。
忘れかけていた想いが蘇ってきた。小さい頃から、父親が聴くジャズの調べに包まれながらナオは育った。三歳の頃には、自分からピアノが弾きたいと言い出した。福岡に行くまでピアノを習っており、コンクールで入賞したこともあった。福岡に行ってからは、同じ中学の女の子達とガールズバンドのコピーバンドを組んで、明けても暮れても音楽漬けの生活をしていた。
(やっぱりバンドがしたい。私も佐々木君と同じで音楽が大好きなんだ)
しかし、呪文は、ナオが軽音楽部に入って、カズホと一緒にバンドをすることすら許してくれなかった。
(私が佐々木君の側にいられるのはドールだけ。それだけしか許されないの)




