13
カズホはちょっと呆れたような顔をしてナオを見つめていた。頬杖を着きながら、視線を逸らせることなく、じっと、ナオの顔を見つめていた。
「あ、あの~」
ナオはカズホの視線を直視することができずに、赤くなって俯いてしまった。
「水嶋って変わっているよな」
「えっ?」
ナオが顔を上げると、カズホが微笑みながらナオを見つめていた。
「だって、水嶋とはちゃんと話ができるからさ」
「えっ? ど、どういう意味ですか?」
「俺ってさ、……女の子と話をするのが苦手なんだよ」
「そ、そうなんですか?」
「ああ」
カズホがクラスの女の子とあまり話をしないことはナオも気づいていたが、自分と同じように異性と話をすることが苦手だと言われても、カズホの派手なイメージとは容易に結びつかなかった。
「でも、水嶋とは何故だか分からないけど、ちゃんと話ができるんだ」
「そ、それって私に女の子としての魅力が無いからですよね。……きっと、そうですよ」
「どうしてそんなことが言えるんだ?」
「だって、……私は可愛くないから」
「……………水嶋」
「はい」
「本気でそう思っているのか?」
「思っているって言うより、本当にそうだから……」
「…………ぷっ、はははは」
それまでナオのことを不思議そうな顔をして見つめていたカズホが、急に笑い出した。
「わ、私、何かおかしなこと言いましたか?」
「本当にお前、変わっているなあ」
「いえ、あの、冗談じゃなくて」
「水嶋」
「あっ、はい」
「水嶋が本当に可愛くないのなら、俺は水嶋と話しなんてしないぜ。可愛いって言うのは、何も見た目だけのことなんかじゃないだろう?」
「えっ?」
「性格とか単に気が合うとか色々あるんだろうけど、俺が水嶋と話をしているのは、水嶋と話していると面白いからだよ」
「お、面白いって、私、別にお笑いの道を目指しているわけじゃないんですけど」
「いや、水嶋。進路指導の先生とよく相談した方が良いぞ」
「ど、どういう意味ですか~」
「はははは。今みたいな感じで、水嶋と話していると、何か面白いんだよ。だから……」
いったん言葉を切ったカズホが真剣な顔付きになってナオを見つめた。
「明日も明後日も、……ここで俺を待っててくれないか?」
「はい?」
「水嶋ともっと話をしたいんだ。教室で話しちゃいけないって言うんなら、軽音楽部の練習が終わって俺がここに来るまで、この席で待ってて欲しい」
ナオは、カズホの真剣な眼差しにも、また、ときめきを感じた。と同時に戸惑いも覚えた。
(男の子はみんな「可愛い」か「可愛くない」かで女の子を選ぶものじゃないの?)
だからこそ、ナオは「自分は可愛くない」という呪文に従っていた。そうすれば、男の子はナオに近付いて来なかった。
しかし、カズホには、その呪文が効かなかった。話していて「面白い」か「面白くない」かで女の子を選ぶカズホのような男の子は初めてだった。
「水嶋」
「あっ、はい」
「約束してくれないか? 明日からもここで待っててくれるって」
「…………あ、あの」
「……俺と話をすることが迷惑だっていうのなら諦めるけど」
「迷惑じゃない! ……あっ」
ナオの口から、躊躇うことなく、その言葉が出て、ナオ自身が驚いた。
「んっ?」
「め、迷惑じゃないです。……わ、私も佐々木君と……色んな話がしたいです」
「本当か? それじゃあ約束してくれるか?」
「は、はい」
「良かった。ありがとう、水嶋」
カズホは、本当にホッとしているようだった。
いつもの呪文が頭の中に広がる隙も与えず、カズホともっと話をしたいという正直な気持ちが思わず言葉として出たという感じだった。
小学校四年生の時から呪文に従うことで、男の子と一定の距離を保ってきたナオだったが、そのバリアを破って近づいて来たカズホを遠ざけようという気にはならなかった。ナオは戸惑いながらも、カズホとまた一歩仲良くなれたことに素直な喜びを感じていた。
(これって本当の私? 佐々木君は、本当の私を引き出してくれる人なのかな?)
そう考えると、ナオは、カズホに対して改めて挨拶をしておきたくなった。
「佐々木君。あ、あの、不束者ですが、よろしくお願いします」
「はあ? はははは。やっぱり水嶋と話していると面白いや」
「えっ、私、また、変なこと言いました? 言ってないですよね? ……やっぱり言ってますか?」
「はははは」
カズホは笑い転げてしまった。
「え~、何? 何がどうしたんですか? ……どうしよう~。ふにゃ~」




