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その日の放課後。
ナオは、この日もドールにやって来て、昨日と同じ一番奥のテーブルに座った。前日に、カズホからこの席に座っても良いとお墨付きをもらったこともあり、ショーコと来た日を入れると、まだ三回目だが、既に常連のような気分になっていた。
ナオが、昨日と同じように勉強をやっていると、カズホがやって来て、ナオの斜め前に座った。
「よう」
「あっ、こんにちわ」
カズホは昨日と同じように優しい笑顔を見せた。
「水嶋。CD、ありがとうな」
「う、うん。返すのはゆっくりで良いから」
「サンキュー」
「あっ、それから佐々木君」
「んっ?」
「あの……、教室では、あまり私に話し掛けないでください」
「はあ?」
「ご、誤解しないでくださいね。今朝、佐々木君にCDを渡したのを、私が佐々木君に何かプレゼントをしたと思われたみたいで……。その、変な噂が立っちゃったら、佐々木君にご迷惑を掛けることになるし……。私も、クラスの女子全員を敵にしちゃうほど強くありません」
「なんだ、その変な噂って?」
「その、……佐々木君が私みたいな変な女の子と付き合っているみたいな」
「あはははは」
「そ、そんなにおかしいですか?」
「まあ、『変な女の子』っていうところは当たっているかもな。ははは」
「うっ、突っ込むところは、そこじゃありません」
「でも、俺は、そんな噂が流れても全然気にならないけど。ときどき自分も知らない女の子との噂が流れていたりするからな」
「わ、私が気にします。四面楚歌は嫌です」
「分かったよ。四面楚歌は俺も嫌だ。でも、ここだと話しても良いんだろう?」
「は、はい」
「ところで、今日の新歓ライブ、どうだった? 見に来ていただろう」
(私が見に来ていたってどうして分かったのかな?)
講堂には百人以上の観客がいたし、客席は暗かったはずなので、ナオは疑問に思ったが、口にはしなかった。
「えっ、うん。あの、……すごく良かったよ。佐々木君とギターの武田君だっけ、二人ともすごいね」
「俺とマコトのことじゃなくて、バンドとしてどうだったかを聞きたいんだけど」
「あの、……良かったよ」
「水嶋ってさ、たぶん困っている時だと思うけど、口の前に手を持ってくる癖があるよな。今みたいに」
「えっ!」
ナオは、自分では特に気にしていなかったが、言いづらいことを言う時とか、困った時には握った手を口の前に持ってくる癖があった。
「怒ったりしないから、正直に答えてくれよ」
「あの、……正直にいうと、みんな、バラバラって感じだった。ボーカルとドラムの人が佐々木君と武田君について来ることができていないというか……。ううん、ついて来ようとしていないって感じだった」
「そうか……。水嶋は、うちのバンドのこと、あまり良く知らないよな?」
「うん。佐々木君以外の人は話もしたことないし」
「でも、ちゃんとバンドの今の状態が分かってしまうっていうことは、水嶋はちゃんと音が聴こえているんだな」
「えっ、どういうことですか?」
「音を聴くだけで、バンドの状態が分かるってことは、一つ一つの音が、ちゃんと聴こえていないとできないと思うんだ。だけど、水嶋は、それができているってことだよ。やっぱり、水嶋のキーボード演奏を聴いてみたいな」
「駄目ですって! とても佐々木君や武田君と一緒にできるレベルではないってことは、今日の演奏を聴いて実感したし……」
「でもさ、バンドっていうのは、メンバー個々の技量っていうより、どれだけ一体感を感じて演奏することができるかってことが大事なんだよ。俺は、そう思っているんだ。まあ、無理に誘ってメンバーになってもらっても、一体感が生まれるとも思えないから、水嶋が自分からやりたいと言ってくるのを待つけどさ」
「ごめんなさい」
「だから、水嶋は悪いことをしているわけじゃないから、謝る必要はないだろ」
「あっ、……はい」




