02
ナオが歩いている歩道の先に、キョロキョロと辺りを見渡している初老の女性がいた。
捜し物でもしているのかと、ナオがその女性を見つめながら近づいていくと、女性はナオに声を掛けてきた。
「ちょっとすみません」
「はい?」
「市民会館に行きたいんですけど、ご存じありませんか?」
「あの……、ごめんなさい。私もこの道は今日初めて歩くので、よく知らないんです」
「そうですか……」
女性は落胆の表情を見せたが、すぐに立ち直った様子で、ナオの後ろに向かって再び声を掛けた。
「あっ、すみません。市民会館をご存じではないですか?」
女性の声を追いかけるように、後ろを振り返ったナオは、一瞬で凍りついてしまった。そこにいたのは、高校生らしき男の子であったが、その髪はプラチナゴールドに輝いていた。
(不良? おばさん、よりによって、そんな怖い人に訊かなくても……)
福岡の中学校で、髪を染めた不良の男子が同じクラスにいて、ナオ自身は直接虐められなかったが、同級生の男子はかなり虐められていたようだった。そのイメージが焼き付いていたナオは、髪を染めた学生イコール不良という先入観があった。
しかし、返って来た言葉は意外と優しく丁寧だった。
「ここから二つ目の信号を右に行った所ですよ」
「二つ目の信号というと……あの銀行の看板がある所ですか?」
「そこじゃなくて……。どうせ通り道だから、途中まで一緒に行きますよ」
要領を得ない女性に対して、金髪男子はそう言って歩き出した。
「どうもすみません」
女性が金髪男子の後を追った。
ナオは、自分が先に道を問われて答えられなかったことに責任を感じて、女性を放っておいて行くことができず、女性と一緒に金髪男子について行った。
何気なく金髪男子の後ろ姿を眺めていたナオの視線は、金髪男子が右肩に背負っているソフトギターケースに止まった。
(大きさからするとベースギターみたい。不良バンドのベーシスト?)
金髪男子は長身でスマートな体形で、プラチナゴールドに輝く髪は女性のショートヘア程度であったが髪質が柔らかいのか風になびいていた。左肩にはスポーツタイプのスクールバックを引っ掛けていて、濃紺のブレザーを羽織り、タッタソールチェック柄のズボンに茶色のローファーを履いていた。
(なんか、私の着ている制服と似てるなあ)
金髪男子はポケットに両手を入れて無言で歩いていたが、二つ目の信号を渡った所で右を向き、遠くを指差しながら、女性に言った。
「あそこにコンビニがあるでしょう。あの隣ですよ」
「そうですか。すみません。本当に助かりました。お二人ともありがとうございます」
女性は、金髪男子とその隣に立っていたナオに向かってお辞儀をしながら礼を述べた。
(お二人?)
どうやら女性は、ナオと金髪男子が連れと思ったようだ。
ナオが隣に立っていた金髪男子を見上げるようにして見ると、金髪男子もナオの方を見ており、お互いの顔を見つめ合うことになった。
(綺麗な顔……)
色白で細面の顔に、切れ長で澄んだ瞳、すらりと伸びた鼻、薄い唇の口が絶妙のバランスで配置されており、男性を形容するには使用されない「綺麗」という言葉がしっくりくる顔立ちであった。
ナオは、一時、金髪男子の顔に見とれていたが、自分は何の役にも立っていないにもかかわらず礼を言われたことに気がついて、女性に頭を下げた。
「いいえ。私は何のお役にも立てなくてごめんなさい」
「いえいえ、助かりました。それでは失礼します」
女性は再びお辞儀をして市民会館の方に去って行った。
ナオは、金髪男子に対するお礼の言葉を横取りしてしまった気分になり、金髪男子にも頭を下げた。
「私、何もしていないのに……。ごめんなさい」
しかし、ナオが顔を上げると、既に金髪男子はナオに背中を向けて歩き出していた。
(もう、なによ。人が謝っているのに無視して……)
重い気持ちを更に重くして、ナオは再び学校に向かって歩き始めた。その目の前にはさっきの金髪男子が歩いていた。
金髪男子は、ナオが転入した都立高校に入って行った。