10
翌朝。
ナオは、いつもよりちょっと早く登校して来た。この日、カズホが早く登校して来るとは限らないのに、なぜか一刻も早くアリス・クレイトンのCDをカズホに渡してあげたいと思っていた。
「おはよう」
教室の席に座っていたナオの後ろからカズホが挨拶をしてきた。昨日までは、カズホの方から挨拶してくることは考えられない雰囲気だったから、ナオもちょっと驚きながら挨拶を返した。
「あっ、……お、おはよう」
カズホが前の席に座ると、ナオは鞄から小さな手提げ紙袋を取り出した。
「さ、佐々木君。昨日、言ってたCD」
「おお、サンキュー。しばらく借りてて良いか?」
「う、うん。大丈夫」
昨日と同じカズホの笑顔を見て、ナオはちょっと嬉しくなった。
しかし、その嬉しさの感情に浸る間もなく、ナオは同級生達の視線が自分に集まっていることに気がついた。事情を知らない同級生達は、ナオがカズホにプレゼントを渡し、カズホがそれを笑顔で受け取ったように見えたようだ。
休憩時間になり、カズホが教室を出て行くと、早速、ミエコとハルカがやって来て、矢継ぎ早に問い詰めてきた。
「ナオちゃん。佐々木君に何をプレゼントしたの?」
「佐々木君、すごく嬉しそうだったんだけど。あんな佐々木君の笑顔って、初めて見たんだけど」
「そうそう。そもそも、いつの間に佐々木君とあんなに話ができるような関係になったの?」
「関係って……。あれはプレゼントなんかじゃないよ。あの……、席が前後で、何も話さないってことはないでしょ。その雑談の中で、佐々木君が聴きたいって言ってたCDを、たまたま私のお父さんが持ってて、それを貸してあげただけ。うん、それだけ」
ナオは、ドールでの出来事以外は正直に答えた。
「ふ~ん、そうなんだ。でも、やっぱり、席が佐々木君の後ろってことが幸運だったってことだよね。良いなあ」
改めてミエコはナオの幸運を羨ましがった。
「ミエコちゃんだって、同級生なんだから、プレゼントを渡そうと思えば、いつでも渡せるんじゃないの?」
「う~ん。だけど、佐々木君、ちゃんと話してくれないからなあ。私が話しかけても、一言二言くらいの返事しか返ってこないし……」
確かに、昨日、ドールで会うまでのカズホは、そんな感じだった。一年生の時にはカズホと同級生だったミエコでさえも、ナオがドールで見たカズホを知らないことに、ナオは不思議な感じがした。
(佐々木君って、女の子からいつも言い寄られているのに、自分から女の子には余り話をしないみたい。でも、昨日、ドールでの佐々木君は、私と普通に話をしていたし……。それに、私も男の子と話す時にはいつも緊張しちゃうのに、昨日、佐々木君と話していた時には、特に緊張しないで普通に話ができたなあ。……どうしてだろう?)
もちろん、今のナオにその理由が分かるはずもなかった。
ナオは、これ以上、ミエコ達からプレゼント疑惑の話に突っ込まれないようにと、新入生歓迎ライブのことに話題を変えた。
「そういえば今日、佐々木君のバンドも新入生歓迎ライブをやるって聞いたんだけど」
ハルカがその話に食い付いてきた。
「三時半から講堂でやるみたいよ。もちろん見に行くでしょ。ミエコ?」
「訊くだけ野暮ですなあ。もちろん行くよ。ナオちゃんも行く?」
「う、うん。見てみようかな」
ナオは、一緒にやらないかと言われたカズホ達のバンドがどんなものか確かめてみたかった。