09
「はははは」
カズホは、ナオの仕草が壷にハマったようで笑い転げていた。
「そ、そんなに笑わなくても良いじゃないですか~」
「悪い悪い。……でもさ、こんなに笑ったのは久しぶりだよ。今日は、バンドの練習でちょっと面白くないことがあったけど、お陰で気が紛れたよ。水嶋、ありがとうな」
「えっ」
ナオは、カズホが単にナオの仕草を馬鹿にして面白がっているだけだと思っていたが、カズホからお礼を言われて戸惑ってしまった。
「あ、あの、私、そんなお礼を言われるようなことはしていませんよ」
「いや、なんか癒されたぜ」
「そ、そうですか……」
(よく分からないけれど、私、佐々木君のお役に立てたのかな?)
「はい、お待たせ」
その時、マスターが、ハンバーグ定食を持って来た。
「水嶋、すまないけど、前で食事させてもらうぜ」
「あっ、はい、どうぞ。……あの、家で食事しないんですか?」
「うちは母子家庭で、母親も働いてて、帰って来るのは、けっこう遅くなるんだよ。それに俺も、平日は毎日、これからバイトしているから、いつもここで夕食を食べているんだ」
「そ、そうなんですか」
家庭の秘密的なことをサラリと言われて、ナオの方がドギマギしてしまった。
「バイトって、何をされているんですか?」
「この近くに立花楽器という楽器店があるんだけど、そこでリペア作業をしているんだよ」
「リペア作業?」
「楽器の修理やメンテナンスをすることだよ。俺、中学に入った時からベースを始めたんだけど、楽器の構造とか仕組みとかを知ると演奏にも生かせるかなって思って、同じ頃からリペア作業のバイトも始めたんだ。俺のベース歴と同じくらいのバイト歴っていうわけなんだ」
「そうなんですか。佐々木君って本当に楽器とか音楽が好きなんですね」
「えっ、あ、まあ、そうだな。……ああ、そうだ。明日、新入生歓迎ライブを三時半頃から講堂でやるから、良かったら見に来てくれよ」
「新入生でなくても見られるんですか?」
「もちろん。明日の午後は、各クラブの一年生勧誘合戦だけど、在校生も自由に見学できるはずだよ。他に行くところがなかったらね」
「は、はい」
「ああ、それと……、水嶋は、明日もここに来るつもりか?」
「は、はい、できれば……。図書館なんかで暇を潰そうと思えばできるんですけど、やっぱり大好きなジャズが流れているところが良いなって思うから……」
「だったら、明日からもこの席に座って良いよ。て言うか、別の人に座られないように、水嶋に座っておいてもらいたいな」
「えっ?」
「マスター以外にジャズの話ができる人がいなかったから、マスターが忙しい時は一人で黙々と食事していたからなあ。水嶋がいれば退屈しないような気がするし……」
「そ、そうですか……」
「……。あっ、マスター。アリス・クレイトンの『ムーンフラワー』ある? あれば久しぶりに聴きたいな」
「う~ん。あったようななかったような……。どうだったかな」
「本当にもう健忘症になりかけているんじゃないの?」
「うるさいな。まあ、探しとくよ」
「なんか気になると、今すぐ聴きたいって感じ」
「そうは言ってもなあ……」
「あの、明日で良ければ、私、持って来ましょうか?」
カズホとマスターが困っている様子を見て、また、ナオの口が勝手に動いた。
「えっ」
「お父さんのCDですけど、言えば貸してくれるはずですから」
「マジで! 水嶋、本当に良いのか?」
「ええ」
「ありがたい。感謝するよ、水嶋」
欲しい物が手に入った時の子供のように喜ぶカズホの顔に、ナオは、ちょっとときめいてしまった。
「そんな……。それじゃあ、明日、学校に持って来ますね」