07
「水嶋って本当にジャズのこと詳しいんだな」
「全部、父親からの受け売りです」
「俺もいつかジャズもやりたいって思っているんだけどさ」
「佐々木君は軽音楽部でバンドをされているんですよね。ジャズバンドじゃないんですか?」
「今、やってるバンドは、ロックバンドだよ。ジャズも好きだけどロックも好きで、要は音楽なら何でも好きってことかな。水嶋はジャズ専門なのか?」
「ううん。私も別にジャズだけが好きっていうわけではなくて、いろんな音楽が好きです。中学の時にはロックバンドもしていたし……」
(しまった!)
バンドをやっていたことを話すつもりはなかったが、会話が弾んだ勢いで、つい口に出てしまった。
当然、カズホが食い付いてきた。
「えっ、そうなのか。ロックってイメージも違うんだけど……。でも、パートは何をしていたんだ?」
「あの……その、キーボードを……。ちょっとだけ……」
「マジかよ。それじゃあ、うちの軽音楽部に入らないか?」
「あの……、中学の時は、女の子同士のバンドに入ってて、本当に遊びでやっていたんです。ショーコちゃんの話だと、今の軽音楽部の二年生バンドはすごく上手いって言ってました。私なんかとても……、お荷物になるだけですから」
「でも、一回でも良いから合わせてみないか?」
「いえ、申し訳ないですけど……」
「そうか……。まあ、嫌だって言っているのを無理矢理誘って入ってもらっても、良い音楽ができるわけじゃないからな……。水嶋の気が変わったら一緒にやってみようぜ」
「は、はい。……ごめんなさい」
「別に、水嶋が謝ることじゃないよ。こっちこそ、ごめんな。無理に誘って」
「あっ、いえ、とんでもないです」
また、二人の間に沈黙が訪れた。しかし、すぐに沈黙を破ったのはカズホの方だった。
「ところで、水嶋は、どうして、この席に座ろうと思ったんだ? この席は入り口からは遠くて死角のような所なのに」
「あの、……だからです。他の人から見えにくい所が良いなあって思ったから……」
「ふ~ん。俺はさ、できるだけ他の人の話が耳に入らず、曲が良く聴けるようにって、他の席からちょっと離れたこの席にいつも座っているんだけどさ。水嶋は、ドールにいるところを誰かに見られたら困ることでもあるのか?」
「いえ、そんなことはないですけど……。あの、その、……真っ直ぐ家に帰らないことには、ちょっとやましいところがあって……」
「何かしら人に言えない理由があって、真っ直ぐ家には帰らず、ここで今日の宿題をやっているっていうことなのか?」
テーブルの上の問題集を見ながらカズホが言った。
「あの、まあ、……そんなとこです」
「ふ~ん。まあ、俺には関係ないから、深くは訊かないけどな」
「はい、あまり訊かないでください」
「そう言われると、なんか訊きたくなるなあ」
「いえ、佐々木君の期待にお応えできるような面白い話じゃないと思いますよ。きっと」
このナオの答えがおかしかったのか、カズホは、プッと吹き出した。
「水嶋って意外と面白いんだな。無口でネクラな女の子だって思っていたけど」
「お、面白い? 面白いですか? そ、そんなこと言われたのは初めてです」
「そうなのか。自分の秘めたる才能に気がついてないんじゃないか?」
「な、な、な、何ですか、秘めたる才能って? ど、ど、どこにも何も隠していませんよ」
ナオは、慌ててジャケットの胸や両サイドのポケットを探るような仕草を無意識にしていた。
「あははは。見た目は融通の利かない、校則が服を着て歩いているようなんだけど、なんか背中に穴が開いてて、そこから何かが漏れている感じかな」
「そ、そんな~。穴なんて開いていませんよ~」
ナオは、今度は背中に手をやって穴をふさぐ仕草をした。
別に受けを狙っているわけではなく、男の子から茶化されるようなことを言われたのは初めてだったので、テンパって自然に出た行動だった。