01
「はあ~」
駅の改札を出たナオは、空を見上げながら溜息をついた。
(今の私の気持ちと同じ……かな?)
四月初めの空には、春特有の霞がかかっていた。
ナオが降り立った東京郊外の私鉄の駅は、通勤、通学の乗降客でごった返していた。
駅前には、ロータリーを挟んで大きなショッピングセンターがあり、その周りには全国チェーンの居酒屋やコーヒーショップ、コンビニや本屋などが入居している雑居ビルが軒を並べており、どこにでもある郊外の小都市の駅前の風景が広がっていた。
ナオは駅から真っ直ぐ南に延びている大通りを、これから二年生として通うことになる都立美郷高校に向かって、重い足取りで歩き出した。初めての電車通学に疲れたわけでも、学校の勉強についていけるかを心配していたわけでもなかった。ナオの憂鬱の種は、今、向かっている学校よりも、二十分前に出てきた自宅にあった。
(家にいると、やっぱり息が詰まっちゃう……。かと言って帰らないわけにはいかないし……。今、私ができる精一杯のことは、家に帰る時間を少しでも遅くすることくらいかな)
ナオは学校が終わってからもできるだけ家に帰る時間を遅くしたかった。
(やっぱり部活やろうかな。軽音楽部とかあるのかな?)
福岡にいた時、仲の良い女の子たちとバンドを組んで、キーボードの練習に明け暮れていた頃を、ナオは懐かしく思い出した。
(あの頃は楽しかったなあ)
バンドをやっている女の子のようには見えなかった。
胸ポケットにエンブレムの付いた濃紺のブレザーのボタンをきっちりと留め、その下には白いシャツを着て、赤色を基調にしたレジメンタルタイも綺麗に締めていた。そして、タッタソールチェック柄のスカートは校則どおりに膝上の丈。足元は白いソックスに茶色のローファー。生徒手帳に正しい制服の着方の写真が掲載されていたとすれば間違いなくモデルになれたであろう。
そして、黒髪を三つ編みのおさげ髪に編み、厚いレンズの銀縁眼鏡を掛け、手提げとリュックのいずれにもなるバックを背負った姿は、その小柄な体格と相まって、まだおしゃれに目覚めていない女子中学生にしか見えなかった。
(もし軽音楽部があったとしても、女の子だけのバンドってあるのかな? 男の子と一緒にバンドをやる自信はないし……)
ナオは、男の子と話をすることが苦手だった。女の子同士だと普通におしゃべりすることができるのに、男の子と話をする時、言葉に詰まってしまって言いたいことの半分も言えなかった。当然、男の子とお付き合いをしたこともなかった。
その原因は、ナオ自身がよく分かっていた。
――自分は可愛くない。可愛くてはいけない。
その言葉は、ナオの頭の中で呪文のように囁かれていた。