02話
挨拶も終わり、人々は我先にと広場から飛び出し町中に散らばっていく。
トトは、万単位の人間が一斉に移動する光景を満足げに眺めている彼女――ナナの元へと近寄った。
「今更なんですけど、ずるくないですかこのやり方」
「んー、何がー?」
知り合ったばかりの中学時代から変わらない、悪戯っぽい笑みを浮かて聞き返すナナ。
「貰った土地が辺境なおかげで開拓にすごいお金がかかるからって、ゲームの名目でお金取った上に働かせるって」
「別に嘘はついてないんだから問題ないわよ。
“大昔に廃棄された都市を蘇らせる”“あなたの行動が都市の姿を変える”“プログラムされたレシピだけじゃない、自分の手で無限のアイテムクリエイト”“広大なフィールド、未知の世界”
宣伝文句は全部本当の事じゃない」
「“この物語はフィクションです”って言葉が抜けてるんですよ!」
「“本物です”って言って“偽物”を売るんならともかく、本物だったことに文句言われる筋合いはないわ。それに研究開発に結構な投資してるんだから、あたしらが一方的に楽してるわけでもないじゃない! あたしは労働力が手に入って、国の偉いさんは税収が増えて。ここに来てる人は職場ができて、プレイヤーの人達は遊び場ができて。誰も損してないじゃない」
胸を張って言い返す彼女に、トトは大きく溜息をついた。それを見てニヤリと笑うナナ。
「でも、いきなりそんなこと気にしてどうしたのかなぁ、ト・ト・ちゃ・ん♪」
「みんな喜んでるからちょっと罪悪感があるだけです……それと、止めてくださいよその呼び方」
ふてくされた表情も、今の姿では可愛らしいものだ。ナナは己のうちに生まれた目の前の少女を抱きしめ全力で頬ずりしたい衝動を抑えつつ、かつての後輩であり現在の部下でもある幼馴染をからかうような表情で見る。
「だいたい何で僕がこんな姿にならないと行けないんですか。皆は自分の姿のままなのに」
「そりゃああたしは責任者だもん。顔変えちゃったら話にならないでしょう。他の子だってロールプレイじゃなく仕事で来てるんだから」
「僕だって仕事ですよ」
「智ちゃんはロールプレイする事が仕事じゃない」
「まぁそうですけど……」
唇を尖らせるトト。
長瀬奈那は、栗色の髪をボブカットにした、長身でややキツめの容貌の美女である。28歳にして新進気鋭のゲーム会社「アルトラ」の社長兼プロデューサーであり、非常にバイタリティ溢れる人物として知られている。
先頭に立って引っ張っていくタイプの彼女を慕う人間は多いが、智之自身は少々苦手意識を持っている。何せ幼少の頃から、何処を気に入ったのか事ある毎に引っ張り回され、騒動の渦中に放り込まれてきたのである。奈那に「あんたはトラブルの中にいたほうが活き活きしてるわ」と言われたのはいつのことだったか思い出せないが、智之からしてみれば「必死で逃げようとしてるだけだ」と言いたい所だ。ただ同時に様々な恩もあるので、強く出られないまま今の関係が続いていた。
「だったら小鳥さんとか、他にも京子さんとか「だーめー」
トトの言葉に被せて遮る。
「小鳥ちゃんも京子ちゃんも、夏希ちゃんも穂花ちゃんも全員だーめ。みんなやる事あるし代われる人も少ないんだから。だったらわざわざ負担増やしてシフト組むよりも、一番出来ること少ない新入りのあんたがやるのが当然でしょ」
「む……」
黙りこむトト。仕草自体は20代半ばの青年のものと同じであるものの、それを10代半ばの少女の外見でされると背伸びをしたい年頃の子どものようにも見えて、妙に微笑ましく感じる。
「だったらこの外見をなんとか「それもだーめー」
またも遮られて不満そうにするトトを宥めるように言葉を連ねながら、生意気盛りの同い年くらいの妹と話している時の事をなんとなく思い出す奈那。
「もう発表しちゃってるんだから今更ナビゲートキャラを変えられるわけないでしょ。何年かサービスが継続した後、何かのアップデートのタイミングで代替わりするならともかく」
そして何かを思いついたように、にんまりと智之が苦手とする笑いを浮かべた。
「……あ、それともついてないのが不満? 外見かえるのはダメだけどそれくらいならいいよ。後でちょこっとお願いしてきてあげようか」
「ついてない……?」
最初は何のことだか分からなかったようで首を傾げていたトトだが、続く奈那の「男の娘ってブームも息が長いよねー」という言葉で理解し、顔を真っ赤に染めた。
「別にいいです!」
そして足音を大きく鳴らしながら、「仕事に行ってきます!」と言って背を向けた。
「やっぱ智ちゃんとしては、男の娘よりも女の子の身体に興味あるかー。プレイヤー外殻と違ってその身体は服を全部脱いだりもできるけど、そういうのは程々にね」
「しません!」
鼻息荒く言い返し、その後ろ姿が奈那の視界から消える。
「やっぱ智ちゃんは弄りがいがあるなぁ」
楽しそうにそう呟くと、意識と表情をプライベート用からビジネス用へと切り替え、近くにいた取引先である相手に声をかけた。
「さぁ、後はお仕事の話でもしましょうか」
◇ ◇ ◇
廃棄都市“ウルバヌス”は、ゲーム「Epic of Harmony」――通称EoHの舞台として提供された都市である。
正確に言えばウルバヌスを含む、日本の本州程度の面積があるレスキール半島全体が、EoHの舞台として用意された。大陸の東側に突き出たレスキール半島は、縦が短い二等辺三角形のような形状をしている。大陸との境界である西側には高い山脈が連なっており、エリアの境界線を設定するのに都合が良かったのだ。
半島の中心付近に位置するウルバヌスは城壁に囲まれた都市全体が正方形に近い形状をしており、中央広場から北側にある古城ヴィルラと東西南の門、それぞれに向かってメインストリートが伸びている。その形は、上空から見ると“木”の字から“一”を抜いたような形となる。そのうち南方面、南北方向に伸びる通称商業大通りをトトは歩いていた。
元々170cm弱と平均より低めの智之ではあるが、さらに小さい身長150cm弱であるトトの身体は若干扱いづらいものがある。気をつけてはいてもたまにつんのめり、その度に顔を赤くしては誰かに見られていなかったか慌てて辺りを見回している。その都度なぜか周りのプレイヤー達は目をあさっての方向に向けていたりして、トトは「良かった見られていなかった」と胸を撫で下ろすが、実はその一挙一動はばっちりと目撃されており、転びそうになって慌てる仕草やら顔を赤くしてわたわたしている仕草が何人もの脳内メモリーにしっかりと保存されていることを、彼――彼女は知らない。
ただ一言だけ智之の名誉のために言っておくと、トトの少女としての仕草は、外殻に設定された感情表現が都度自動実行されたものであり、決して智之に素でそのような癖があるわけではない。
奈那にからかわれて少々頭に登った血――この身体に血は流れていないが――も落ち着き周囲を眺める余裕ができたトトは、人ごみの中を散歩気分で歩きながら街の様子を視察していた。
右肩に留まっている鳥は<召喚>スキルによって作り出された一種の人形であり、その視覚に映るものを録画して地球側へ送信する機能がある。
トトの役割はプレイヤーのサポートをしつつEoH内の様子を逐一中継し、地球側のサイトでゲーム内の様子を公開するというものだ。
現在この世界にいるプレイヤーの数は3万人と述べたが、世界初のVRMMOと銘打っているだけあり申し込み人数はその10倍どころではない数に及ぶが、システム上の問題でそれだけの数を一度に参加させることは出来ず、また通常のMMOのようにサーバーを分けるというわけにも行かない。現状は急ピッチで回線拡張のための作業を行なっているが、それまで参加できなかったユーザーの興味を引き続けるためにも、この中継は必要とされているのだ。
実際には技術的にはかなりのズルをしているため、他社が並び立つ事はまだまだ不可能だとは思われる。しかし大した手間をかけずにそれなりの広報効果が得られるのであれば、やらない理由はない。
(改めて見ると、異世界と言ってもあまり地球と変わらないものだなぁ)
空の色や、そこらに生えた草木の形状を見てはしみじみと思う。
トトは運営サイドの外殻のため機能的な制限はほとんどなく、生身と同じように――時には生身以上の精度で動くことができるが、一般プレイヤー用の外殻は視覚や触覚などの感覚器官の精度を意図的に落としてある。
現実の空間をゲームとして成り立たせるために外殻にはいくつもの仕掛けが施されているが、その1つがこの感覚フィルター。現代の科学力では現実と区別がつかない程のVR映像を作成する事ができず、調整なしではその精密さが逆に不自然思われるからである。当然ながらサイトでの公開映像にもフィルターがかけられる事となる。
(今の日本でこれだけの自然を見られる場所なんて少ないし、プレイヤーには少し申し訳ない気もするけどな)
とは思いつつも同時に現状の措置は必要不可欠である事を理解しているトトとしては、せめて自分だけでも満喫しようかと考え、引き続き撮影しながらの散歩を行うのだった。
お気に入り登録してくれた方、ありがとうございます。
とりあえず序章は7話くらいになります。
それが終わったらまた職業適性の方に戻るか、こっちを続けるか……