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01話

 鳥羽智之はそこにいる千を超える人数の全ての視線が自分に集まっている事を感じ、目眩を覚えた。

 老若男女、肌の色や髪の色、特に統一性の見られない集団には1つの共通点がある。皆がそろって簡素な麻布の上下を身にまとい、安っぽい短剣を腰に帯びている。

(なんで俺がこんな目に)

 何度も呟いた内心で恨み言を漏らすが、それをぶつけるべき相手はきっと後ろの方でニヤニヤしながらこちらを見ているのだろう。

 実に腹立たしい。

 だが、投げ出すことはできない。いくら無茶ぶりを要求されても、面倒事を押し付けられても。就職も決まらず頭を抱えていた自分を彼女が拾ってくれたのは確かだし、彼女がこちらに頼んでくるのは間違いなく自分に対する信頼が根底にある事を分かっているからである。

 だが、いくらなんでもこれはあんまりではないか。

 智之は自分の身体を見下ろす。

 傷どころかシミ一つない、淡い褐色の艶やかな肌。すらりと伸びたしなやかな手足。そして服を内側から持ち上げる、小ぶりながら確かな自己主張をする形のいい胸。頭の後ろで緩い三つ編みにした髪は肩にかけるようにして胸元に垂らされており、照明を浴びて淡い銀色に輝いている。

 1つとして見慣れたものはない。

 四半世紀を共に過ごしてきた肉体はそこになく、その代わりに小柄な女性の身体が己の意思の通りに動いているのを確認し、周囲にばれないように小さく溜息をついた。

(なんでこんな事に)

 智之は始まりの日、ほんの数ヶ月前に鏡を見た時の衝撃を思い出した。

 

 街を歩けば10人が10人とも振り返り、うち3人は2度見するんじゃないだろうかと思う程の整った造形。柔らかな微笑みを浮かべたその表情に思わず見とれてしまった。

 どちらかと言えば奥手な性格ではあるが、出会った瞬間告白する自信が智之にはあった。

 それが、鏡に映った自分でなければ。

 

 彼女の趣味であるひらひらふわふわ全開な服やバカみたいに丈の短いスカートは断固として拒否したが、ならばと差し出された西欧風のシンプルなドレスに袖を通した後で、これはこれで問題がある事に気がついた。

 何というか、装飾が少ない上に遊びの少ない造りで、身体のラインが露骨に出てしまうのだ。光沢のある生地が使われているおかげで影のつき方もそれを強調しているように感じる。ロングスカートに至ってはスリットが深くてちょっと動くたびに太腿の付け根までちらちらと覗いてしまうもの。ストッキングを履いているため純粋な肌の露出という意味ではそこまでではないのに、うっすらと生地を透かして見える肌が妙に艶かしく感じる。

 これが自分の身体じゃなければ大歓迎なのに。

 もしそうだったら、眼下の連中のように無責任にヤジを飛ばしたりして楽しめたのであろうが、当事者の立場になってみれば楽しむどころではなく、バクバクと緊張と羞恥に高鳴る鼓動を押さえ、表情に出さないようにするので精一杯である。

「今は我慢するけど、終わったらプライベートで着ようねー」

 そう言って満面の笑みを浮かべた彼女の顔を思い出し、ぶるっと身震いをする。

 だいたい自分だって平均以上に可愛らしい容姿をしているんだから、自分で着ればいいのだ。そう言うと、「だって自分で着たら見えないから楽しくないじゃない」などとのたまった。そうだよ、だから着て欲しいんだよ。

 

 智之は自分を落ち着けるため、一旦群衆から目をそらして周囲を小さな動きで見渡した。

 ここは古代のコロシアムのようにすり鉢上にくぼんだ形の広場であり、智之が経つのはその底辺部にあるステージの上。それを囲むようにして幾つもの段差が並び、そこには隙間なくギャラリーが押しかけている。

 広場の外、智之の背後には朽ちかけた西欧風の古城があり、その反対に正面である南側には幾つもの大通りとそれに区分けされた街……街だった場所がある。

 何十年、もしかしたら100年を越える程の昔に放棄された都市。そう聞いている。

 そしてそのさらに外側に広がる、広大な土地。本州ほどの広さもあるというそこにいる人間の9割……いや、9割9分9厘が、この廃棄都市にいるはずだ。

 人数は3万飛んで98人。

 智之と、彼女と、同僚。身内で5人。取引先と、そのスタッフが合わせて93人。

 そして顧客がちょうど3万人。

 この広場がいくら広いとは言え、3万人の全てがここにいるわけではない。精一杯詰め込んでようやく半分といった所だろう。そもそもここに集まる事は強制でも何でもないのだ。

 だが、街のあちこちには急ごしらえのモニターが設置されている。今この瞬間もそれらには智之の姿が大きく映し出され、残りの殆どがそれを眺めているのではないか。

 そう考えた瞬間、智之は胃痛が増した気がする。そんなはずはないのだけれど。

 

 そこで、周囲を見渡した拍子に視界の隅に入った彼女が頻りに合図を送っているのに気がついた。

 早く始めろ、だって?

 人の気も知らないでと憤慨しかけるが、確かにさっさと始めてとっとと終わらせたほうがいいなと思い直した智之は肝を据えてその1歩を踏み出した。

 その瞬間、ばらばらに散っていた視線が自分の元に集まったのを感じ一瞬尻込みするものの何とかそれに耐え、片手を大きく上げる。

 大きく息を吸い込み、吐き出す。

 

「“時を越えて今、都市は甦る”」

 高らかにキャッチフレーズを唱える。

「これより世界初のVRMMO、“Epic of Harmony”のオープニングイベントを開催いたします!」


 割れんばかりの拍手と喝采がサッカーコート程もある広場を埋め尽くす。

 智之――このゲームのナビゲートキャラクターである“トト”の口から溢れた声はやはり聞きなれた自分のものではなく、フルートの音色のような柔らかな少女の声だった。

 

 開催の挨拶を終えたトトは後ろに下がり、代わりに上司であり責任者である彼女――中津川奈那のキャラクターである“ナナ”が前に出た。

 全員の視線が自分から外れたであろう事を確認したトトは表に出さないように気を緩めた。

(VRMMO、か)

 自分のセリフに苦笑が漏れる。

 今の自分を含め、ここにいる3万と少しの肉体は現実に生きているものではない。ここ数年で急激に発達したVR技術により、現代日本の各々の自宅に居ながらにして、人工的に形成された身体――外殻(シェル)を自分の身体のように動かしているに過ぎない。

 だが、運営サイドである3人だけは知っている。

 今の肉体を動かしているのは、確かに最新VR技術によるものだ。しかしそれ以外の大地、建物、あらゆる物体はプログラムにより生み出されたものではない。

 

 ここは現実に存在する。しかし地球上のどこでもない。

 彼女が“メルヴェイユ”と名付けたこの大地は、智之達にとっての異世界に存在した。

 

メインの連載の息抜きに書いているものですが、とりあえず序章まではだいたい出来たので投稿してみることにしました。

初の方も、別作品を読まれている方も、どうぞよろしくお願いいたします。

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