これが日常
「待て!今日こそ絶対に祓ってやる!」
大声をあげて追いかけてくるのはいつも通り、奴だ
矢車正一
妖銘町にある寺の住職の息子であり、『祓屋』である
先祖代々、妖怪や霊を祓い清めるのを家業としているようで、ついでに鬼も祓うなどと言う変わった人間である
学校では人当たりも良く、頭も良い、運動神経抜群
クラスの学級委員にもなっている
そして、一縷と同じクラスである
だが、今はそんな事どうでもいい
問題は彼が怒りに身を任せながら釘バットを振り回し、一縷を全力疾走で追いかけているという事だ
しかし、悪いのは一縷である
「だから悪かったって謝ってるだろうが!」
一縷の制止の言葉も聞かずに殺気を放ちながら釘バットを振り回してくる
実際、なぜこんな事になったのか
学校でとあるムカつくクラスメイトに雑巾を投げたら、丁度その前を通った正一にヒットした
その雑巾を投げたのが一縷だとわかり。ブチ切れた
まったく、災難である
一縷は後が恐ろしかった為すぐに謝罪した
だが、時既に遅く…学校の外まで追いかけられることになった
「『ぽん』は居るか?こうなったら『瞬』か『すすろ』でもいい、正一を足止めしてくれ」
空から赤い傘が落ちてくる
「あいさー、正一の旦那もいつになったら懲りるんかねえ…一縷の旦那はさっさと逃げてくだせぇ」
赤い傘化けの正体はすすろ、
子分の妖怪の中でもとびきり強い耐久力を持っている
すすろの傘にかかれば釘バットなんてなんてことない…はず
「すすろ、防御は任せますよ。私は一縷さまの言うとおり『足止め』をしますので」
すすろの影から一匹の狐が顔を出す
よく見ると瞬の周りに青い火の玉が浮いていた
これは妖狐の種だけが持つ狐火
「すすろ、瞬とぽんはどうした?」
「さてはて、迷子にでもなりましたかね〜」
「多分、留守番してるんだとな」
「そ、そうか」
正一の攻撃を防ぎながらも『ぽん』がいないことが気になった
「やばっ、のんびりしてたら突破される!」
またも、時すでに遅し
正一が持つ巨大な力ですすろの防御が突破された
足止めの狐火も正一の釘バットにより場外ホームラン
思った以上に飛んだ
「その程度で俺を止めようなんざ、甘い」
「狐火をバットで打つ人間がいるかよ…」
相当お怒りのようだ
不敵な笑み浮かべて俺の頭上をロックオン
そして、釘バットを振り上げた
「これで終わりだ」
ドスッ!!
鈍い音が聞こえた
いつまで経っても痛みが無いので目を開けてみると目の前には少し小ぶりなサンドバッグ
「迷子になって、遅くなりました…」
音を出し、煙をたてながらサンドバッグは小さな狸へと姿を変えた
化け狸であるぽんは自らサンドバッグに変化して一縷を守り衝撃を最小限にまで弱めたらしい
それでも正一からの渾身の一撃がヒットした為に瀕死状態になったのだ
「化け狸も一緒に祓ってやるから覚悟しろよ、鬼」
続いて二撃目
正一が釘バットを振りあげると彼の背後に何者かが近づく
背後に立つ人影は鞄を彼の頭上から振り落とし、正一の身体はゆっくりと崩れ落ちた
「大丈夫か?」
正一が倒れたことで背後にいた顔の半分が札で隠れている少女の姿が見えた
須賀椎奈
黒い長髪に少し赤みがかった瞳で肌は少し白い方
椎奈は俺や正一と同じクラスで周りからはわからないが、れっきとした妖怪だ
彼女の一撃を頭にくらうとか、ご愁傷様
「助かった、ありがとう」
「礼はお前の作る菓子と昼用の弁当を一週間分でいいぞ」
椎奈は笑顔を俺に向けて食べ物を要求
明日から一週間は早起きしなくちゃいけない
「で、正一に追いかけられているとなると、お前はまた何かやらかしたのか?
今回は何をした?どんな事をしたらあんな鬼のような形相で追いかけてくる?」
椎奈は普段の正一からは想像出来ない形相で一縷を追いかけている姿を見た後だからか、少し楽しそうに問いかけてくる
こっちは苦労しているのに
「おい、一縷の旦那に気安く話しかけてるんじゃなか!話しかけるんなら子分になりな!」
「そうですよ、害虫のくせに」
「親分の大事な人だとしても僕は容赦ないですよ!」
すすろ、瞬、ぽんの三匹が椎奈にくいつくが椎奈は見向きもしない
三匹は椎奈に向かってくどくどと文句を言い続ける
構ってほしいならそう言えばいいのに
「一坊、無茶はするな。私がお前の父親に怒られる」
「もうガキじゃない」
『一坊』とは幼い頃に椎奈に呼ばれ、からかわれていた名残だ
一縷の幼い頃を知る椎奈はたまに昔のように彼を呼ぶ
それが彼女からの信頼であり、愛情なのだ
最後の一言はそっとしておこう
「久しぶりに全速力で走ったら腹減ったな〜今日の夕飯何だろ」
正一に追いかけられた事は明日まで忘れておこう
明日になったら記憶が消えていると嬉しいのだが、そうもいくまい
「親分、焔さんが『今日は鍋だ』って言ってましたよ!」
鍋か、大人数がいい
「しょうがない、こいつも連れて行くか」
俺が正一を見ながら言うと椎奈以外はぎょっとした目でこちらを向いた
鍋は大人数の方が楽しい
ついでに、正一の怒り静めないといけない
「椎奈は食ってく?」
「そうだな、肉は私が全部取ってやるから安心しろ」
正一を瞬の背に乗せ一縷の家まで直行
家で帰りを待っていた焔に事情を話すと怒りの表情を浮かべた後、呆れてしまったのか正一を家の中に入れることを許した
大人数での鍋戦争は楽しかった
大量の具が詰まった出来たての鍋に気分を良くしたのか正一が釘バットを振り回すことは無かった
椎奈と肉の争奪戦を繰り広げるくらいには楽しんでいたと思える
嗚呼、願うならこのまま平凡な日が続くことを祈る
「そうだ一縷、今日は泊まらせてもらうぞ。焔からの許可なら得た」
「えっ」
食後、椎奈が言った言葉に一縷は固まる
何度も経験したとはいえ、想い人と一つ屋根の下で夜を過ごすのだから喜びや恥ずかしさや恐怖などの様々な感情で思考が停止するのも無理はない
それでも「また明日」と相手に声をかけられる平凡な日々を愛おしいと思う




