第一章 選帝の都は、曖昧な輪の内側に Ⅰ-ⅶ 【マリーナ】
「エルバ・ハンザ!」
私は、思わず声をあげてしまった。
さっきまで私の頭を過っていた男の姿が目の前の現実として現れたからだ。
私は、自らの想像力を後悔した……余計なことを考えてしまったから、このような結果が出てしまったと思ってしまったからだ。
「あれあれ? そんなに大きな声を上げて歓迎してくれるん? よっしゃ! キミの愛をしっかりと受け止めたで! やっほう!」
と言って、両手を広げて、抱きついて来ようするエルバを、するりと躱して
「べつに歓迎などしていません!」
と、私は、きっぱりと否定する。
つまり、
その【男】、エルバ・ハンザは、いつもどおりの飄々とした感じで私の前に現れたのだ……最悪だ。
ただ、このタイミングで、この場所に現れたからと言って、即、『【お見合い相手】=【エルバ・ハンザ】』という式は成り立たないはずだ……たぶん。
いくら私の家が、神聖ライン皇帝の血筋だとはいえ、エルバ・ハンザは、法王庁の高級官僚であり、自らも公爵の爵位を持つ大貴族だ。
しかも、現在の法王エフィリアス九世猊下の従兄弟でもある。
私の家も、世俗世界の頂点に立つ神聖ライン皇帝位継承権を有する【被選十六皇家】の一つだけど、神聖ライン皇帝位自体が形骸化しているのが現状だ。
そしてなにより、かつて私は、【異端者】としてエルバ・ハンザ自身の手によって烙印を押されたのだ。
さらに、お姉様……【扉】の件もある。
そうだ……お姉様……
「どうしたん? 黙っちゃって? もしかして生理?」
「違います! 貴方はアホですか!? いやアホですね!」
「生理のどこがアホやねん!」
「生理は、アホではありません! というより、何、その理屈!?」
「じゃあ、生理がアホやなかったら、何がアホやねん!」
「貴様だ!」
大声で、エルバを指し示す。
しばらくの沈黙のあと、
「……それはないわ」
と、ポツリと呟くエルバだった。