第一章 選帝の都は、曖昧な輪の内側に Ⅰ-ⅳ 【マリーナ】
数刻後。
私は、城の【当主応接室】にいた。
この部屋は、ランカスティ子爵家当主が自ら来訪者をもてなす場所であり、この場所に呼ばれる来訪者は、子爵家にとって重要な人物ということになる。
母は、この【当主応接室】に待つように私に言うと、どこかに去って行った……本当に無駄にすばやい。
「それにしても、いつまで待たせるのかしら……」
先ほどの母の口調からすると、すぐにでもお見合い相手を連れてくる感じだったけど……何かあったのかしら?
時間を持て余しはじめたので、少し【お見合いの相手】を想像してみる。
神聖ライン皇帝位継承権を有する【被選十六皇家】の一つであるランカスティ子爵家の時期当主の結婚候補であるからには、相手もそれ相応の家柄を持つものだろう。
私達のような貴族同士の結婚で重要なのは、個人の意思ではなく、家柄を含めたバランスであり、この結婚が両家の発展に資するものでなければならない。
つまり、私が死ぬほど嫌いな相手だったとしても、それを考慮されることはないということだ。
ふと……頭の中に一人の男の姿が浮かぶ。
「まさかね……」私は、急いでその男の姿を掻き消そうと首を振った。
確かに、家柄的には申し分ないだろう……それに、もしこの婚姻が実現すれば、今後ランカスティ子爵家が、【異端者】として扱われることはないだろう。
そうすれば、【スティア】の街も益々活気づき、領民の暮らしも楽になるに違いない。
次期ランカスティ子爵領の当主としては、領民の為にもこの婚姻を積極的に受けるべきなのだろう。
「バカらしい……何を考えているのかしら……」
「ほんと、そうだよね」
すぐ近くから声がした。
慌てて声の方へ振り返る。