第一章 選帝の都は、曖昧な輪の内側に Ⅰ-ⅱ 【マリーナ】
「マリーンちゃん、みーつけた!」
自室の窓から、【スティア】の街並を見ていた私の背後から、無駄に元気の良い声が聞こえた。
振り返ると、小さな物体が、チョロチョロと無駄に素早い動きで近づいて来ていた。
小さな物体=私の母=ランカスティ子爵家当主=リオ・ランカスティ=【バカ】。
つまり、【バカ】が、無駄に近づいてきたということ。
「なんでしょうか? おバカ様? いやバカ?」
「ひでっ! バリひでっ! 母親に向かって、その言い方! バリひでっ! ぷんぷん!」
「少しうるさいですよ。これ以上うるさいと、今この部屋の窓から華麗に突き落としてみせますよ」
「すんません。調子乗りすぎました! マジですんません!」
スタっと、背筋を正してから頭を深く下げる母。
そのカルい態度にため息が出た。
そして、改めて、自分の母親の姿を見てみる。
まるで、子供のような身体。
加えて、顔も童顔であり、そこには一切の年齢の積み重ねを感じさせなかった。
実年齢は、四十歳を過ぎているはずなのに、このような容姿をしている母の存在は受け入れることはできる。
しかし、いつも周囲の人間(主に私)をからかい、楽しむ母の性格を受け入れることはできなかった。
もっとも、だからと言って、表面上の言葉以上に母に逆らうことはできないのだけど……。
私の母――リオ・ランカスティは、神聖ライン皇帝位継承権を有する【被選十六皇家】の当主であり、私にとって圧倒的に大きい存在だった。
しかも、かつては、優秀な修道騎士として知る人はいなかったらしい……今の母の姿を見ていると非常に疑わしいのだけど……。
ただ、この事実を私に教えてくれたのは、ルシアお姉さまだったので、私としても一応は信じている。